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アルチェの信念

「アルチェ様! ぜひ当治療院にお越しください!」


 元気になったタリムさんは本当に行動力に溢れる。今は早朝六時、店のドアを叩かれて飛び起きた。

 私は治療院のお世話になるような怪我も病気もしてない。ましてやこんなに行く必要性もわからない。

 着替えも面倒だからそのまま出ると、元気はつらつなタリムさんが立っていた。


「開店は午前十時からとなっています」

「あ! あー! 閉めないでください! ご依頼ですわ! ご依頼!」

「依頼って……」

「アルチェさんを当治療院で雇いたいんです!」


 このお嬢様、朝っぱらからとんでもないことを言い出した。それは依頼じゃなくてスカウトだとお父様に教わらなかったのかな?

 なんでもこのお嬢様、元気になったら体を動かすのが楽しくてしかたないらしい。

 ジョギングをしている途中で店の前を通りかかって今に至る。ジョギングかスカウトか、どっちかにしなさい。


「私は誰にも雇われる気はありませんし、治療院は専門外ですよ。タリムさんの時はそもそも根本的な原因が病気じゃなかったから解決できただけです」

「それはわかってますわ。アルチェさんなら治療用の薬の調合にも対応していただけそうですし、ぜひ来ていただきたいのですわ」

「はい、お断りします」

「そんな! せめて、せめてお薬の成分とか、そういうアドバイスをいただければ……!」


 タリムさん、実は治癒師だったらしい。ベッドに伏せる前は治癒師見習いとして活動していたと話してくれた。

 元気になったからには治療院の力になりたいと張り切っていて、朝っぱらからやってきたらしい。

 ご依頼でも何でも、私はまず大切なことを教えないといけない。


「タリムさん。こんな時間に訪ねてくるのはマナー違反ですよ。まだ皆、寝てるんです」

「そ、そうでしたわ……私ったら、はしたない真似をしてすみません」


 タリムさんがしゅんと小さくなる。まだ爆睡してるメアリンとルトちゃんの寝息を聞きながら、少し考えた。

 タリムさんはちょっと常識がないだけで悪い人じゃない。

 それに後のお得意様になってもらえる可能性があるなら、これも悪い話じゃないと思った。


「私の実力を買っていただけるなら、薬だけでも見ましょうか」

「本当ですかぁ! 嬉しいですわ! ではさっそく」

「その前にひと眠りするんで二時間後に来てください」

「えっ!」


 当たり前です。早起きは体によくないし、私は絶対に八時間以上は寝ると決めている。

 タリムさんを追い出してから私は二度寝した。

 ちなみにメアリンは朝が弱くて、私がいつも起こしてる。下手したら護衛の役割すら危うい。

 起きた後、朝食と支度を済ませてから私は治療院を訪れた。


                * * *


「娘が無理を言ったようで大変申し訳ない」

「いえ、お役に立てたなら何よりです」


 すべての仕事を終えた時には昼過ぎになっていた。ジニーさんが深々と頭を下げる。

 私達、錬金術師は病の治療を専門としていない。ポーションやパワードリンクと、どちらかというと冒険者向けのものが多いかもしれない。

 私に頼まれたことは毒消し用のポーションの細分化だ。

 毒と一言で言っても色々ある上に、患者の病や体質によっては使い分けないといけない。

 適切な成分でなければ解毒できても後遺症が残ることがある。

 売られている解毒ポーションの中には質が悪いものがあって、そういうことがあるから注意だ。

 ジニーさんは優秀な治癒師だけど、すべての毒を知っているわけじゃなかった。

 だから私が適切な成分を教えてあげることで、患者の負担も減ったと思う。


「君の知識には驚くばかりだ。長年、治癒師をやっている私ですら知らないことだらけだった」

「それはお互い様ですよ。私だって日々勉強中なんです」

「なぁ、君はどこかの錬金術師ギルドで働く気はないのかい? 君なら大手ギルドだろうが引く手も数多だと思うが……」

「雇われは嫌ですね。いい思い出がないです」


 私がそう言うと、ジニーさんがポリポリと頭をかいた。ちょっと軽率な発言だったと思うけど、これに関して私はきちんと答えを出している。


「しかしフリーだと何かと不便なこともあるだろう?」

「そうですね。毎日、給料が貰えるわけじゃありませんし腕一つで収入が変わります。後ろ盾がないので常に崖っぷちですよ」

「それならどうして……」

「私はこの腕一つでやっていきたいんです。私にしかできないこと、やりたいことをやりたいんですよ」


 ジニーさんに私は真剣に語りかけた。ジニーさんは思わず姿勢を正している。


「仮にギルドに勤めて評価されても、せいぜい中間管理職止まりです。ギルド長になれるのは結局、ギルド長の親族でしょう。何せ大半が貴族の親族経営ですからね」

「うーむ、耳が痛い……」

「嫌な人間と毎日、朝から晩まで顔を合わせてストレスを感じながら仕事をする。先輩の非効率な命令や嫌がらせ、実力はまともに評価されない。大してやりたいことや出世もできず、気がつけば歳だけとる。体が思うように動かなくなってきた頃にこう思うんですよ。『自分はなんのために生きてきたんだろう』と……」

「そうかもしれんなぁ」


 少しというかだいぶ言いすぎたかな。ジニーさんが腕を組んで考え込んでいる。

 この治療院も順当にいけば、次の院長はタリムさんだと思う。それが悪いとは言わないけど、少なくとも私は実力が正しく反映される場で働きたい。


「それにギルド勤めだと私一人ががんばっても、経営不振で潰れることもあります。自分の身を預けるなら自分ですし、後悔しないよう生きたいんです」

「なるほど。立場上、君の意見に賛同しにくいところはあるが一人の人間として立派だよ」

「皆が皆、私みたい人間ばかりだと成り立たないものもありますからね。ジニー院長のような方は尊敬しています」

「ありがとう。私も少し思い直さなければいけない部分が見えてきたよ」


 夕方が過ぎて一日の終わりがやってきた。

 ジニー院長と一緒に治療院を出たところで、タリムちゃんが追いかけてくる。

 

「アルチェ様! いえ、アルチェお姉様! 本日は無知極まりない愚物以下の私のご依頼を引き受けていただいてありがとうございますわ」

「そこまで卑下しなくてもいいじゃないですか。それとたぶん私のほうが年下だと思うんです」

「いいんですわ! 尊敬できる方がお姉様ですから! それより今日は夕飯を食べていきませんこと?」

「じゃあご一緒させていただきます」


 一切遠慮なくお誘いを受けるとメアリンが面食らっていた。


「さ、さすがにちょっとは遠慮しようよ」

「食費が浮くんだからそりゃご一緒するよ。メアリンも少しはお金にシビアになったほうがいいよ」

「アルチェちゃんは少し他人との距離感にシビアになったほうがいいよ……」


 その日はジニーさんの家で夕食をいただいた。後日、ジニーさんの治療院に関する噂が私の耳に入る。


「アルチェちゃん、聞いた? ジニーさん、次の院長は人柄と実力を見て決めるってさ」

「へぇ、タリムちゃんが院長じゃないんだ」


 聞いたところによると、今までのジニーさんは元気になったタリムさんに院長の座を譲るつもりだったそうだ。

 本人に聞いて確かめる気はないけど、私としては少し安心した。

 決して簡単なことじゃないけど、本当に評価されるべき人間が評価されてほしい。

 それでもタリムさんに実力があれば、親族贔屓だなんて言わせないくらいの結果を見せてほしいと私は思う。

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