病弱のお嬢様 2
タリムさんがゴホゴホと咳き込んでいてつらそうだ。どこから手をつけたものかと考えてから、ひとまず錬金術を試みよう。
作るのは栄養ドリンクだ。話を聞いてから予め必要素材を持ってきておいてよかった。
さっそく錬金して作ったものは――
名前:栄養ドリンク
必要素材:癒し草
魔法の水
ササミ
ニソジン
「栄養ドリンクです。まずはこれを毎日一本ずつ飲んでください」
「栄養ドリンク……? これは薬ではないのかい?」
「はい」
ジニーさんの頭の上にクエスチョンマークが浮かんでいそうだ。
メアリンもルトちゃんも何のリアクションも起こせない。
「アルチェちゃん……。栄養ドリンクに頼るのはまずいって言ってなかったっけ?」
「タリムちゃんはとりあえず最低限の栄養をつけてもらわないと死んじゃうからね。まずは体を作ってもらう」
タリムさんに差し出すとぐいっと飲んだ。
おいしく飲めるように錬金したおかげで気分爽快といった表情で飲み切ってくれた。
そんな様子をジニーさんが表情をこわばらせてみている。
「どうです?」
「とってもおいしいですわ。アルチェさん、すごく腕がいい錬金術師ですのね」
「それはよかったです。まずは私がいいというまでそれを毎日一本ずつ飲んでください」
「えぇ、わかりました」
それだけ言い終えて私達は部屋を出た。
その後、ジニーさんがやっぱり不安そうに私に話しかけてくる。
「アルチェさん、こう言うのもよくないですが……。栄養ドリンクだけで娘が良くなるとは思えません」
「では説明しましょう。タリムさんは免疫力が極端に低下しています。原因はジニーさん、あなたです」
「わ、私が!?」
「あの部屋、殺菌効果がある薬がまかれていましたね。おそらくタリムさんが病気にならないように配慮したのだと思いますが逆効果です。
タリムさんは確かにあまり体が強くなかったかもしれません。しかし幼い頃から綺麗な環境で育てたせいで、体の免疫力がより低下してしまったんですよ」
ジニーさんは何も言わないけど納得いかない顔をしている。私は叩きつけるように更に説明を続けた。
「ジニーさん。人の身体はある程度、病気を撃退できるようにできているんですよ。いわゆる免疫力です。
ジニーさんが治癒師として、徹底してあらゆる病気の原因を取り除いたせいです。治癒魔術が予め体に備わっている病気を撃退するのに必要なものすら排除してしまいました。
わかりやすく言えばあなたの治癒魔術や薬が、タリムさんの病気への耐性を弱体化させてしまったんです」
「で、でもそうしないと病気になってしまう! あの子はたった一人の娘なんだ! 妻と約束したんだ! 必ず立派に育てると!」
「お気持ちはわかります。ですが人間の身体は本来、そこまで弱くありません」
ジニーさんが何も言わなくなった。納得してもらえなくても私に依頼した以上は任せてもらう。
今日から毎日、まずは私の栄養ドリンクを飲んで弱った体を少しでも元に戻してほしい。
翌日、また翌日と私は栄養ドリンクを飲んだか確認する日々を送った。
頃合いを見て、タリムちゃんにはベッドから下りてもらって歩いてもらう。ずっと寝ていたからリハビリが必要だ。
第二ステップ、軽い運動をして最低限の体力をつけよう。
「風邪、治ったんじゃないですか?」
「そういえば……。最近、空気がおいしく感じられますわ」
「そろそろ栄養ドリンクは卒業ですね。あとは私が考えた食事メニューと運動メニューをこなしていただきます」
「はい! がんばりますわ!」
お店のほうは午前中でパワードリンクを売り切って、午後からタリムちゃんと運動だ。
町の中を軽く散歩し始めた時にはジニーさんがかなり止めてきた。
転んだらどうする、菌が入ったらどうする、危ない連中に襲われたらどうするなど。
心配はわかるけど、おかげでタリムちゃんは次第にスムーズに歩けるようになった。
今は町の広場をゆっくりと歩きながら、タリムちゃんと談笑している。
「やっぱりお外は気持ちいいですわ! お父様ったら、私が部屋から出ようものなら慌てて止めてくるんですもの」
「お父さんの回復魔術や薬は優秀過ぎるんです。確かに病気は完治しますけど、頼りすぎてもよくないんですよ」
「治癒魔術にそんなデメリットがあったなんて知りませんでしたわ」
「普通に治療を受けている分には問題ないんですけどね。自分の娘とあって過剰に治癒魔術を施してしまったせいでしょう」
何事もやりすぎはよくないという好例だ。
並んで歩いているとふと気配を感じた。いる、私の隣にジットリとした目つきで凝視してくる一人の女の子がいる。
「あーあ、アルチェちゃんが相手してくれなーい」
「メアリンはいるだけで頼りになるからね」
「ほんと!?」
「ホントホント」
メアリンの表情が花開いたように明るくなる。これでよし。
少しはルトちゃんを見習ってほしい。そこら辺を走り回って元気なこと。
「アルチェさんはすごいですわ。あなたのような錬金術師なんて見たことがありませんの」
「そうですか?」
「あなたはただ腕がいいとか詳しいだけじゃないというか……。いったいどこで学んでいたのか気になりますわ」
「師匠がものすごく厳しかったんですよ。『そんなこと錬金術師に必要?』みたいなことを覚えさせられたりやらされたり……。錬金術師たるもの、が口癖でした」
「その方の名はなんといいますの?」
名前と聞かれて固まってしまった。あれ? そういえば師匠って一度でも名乗ったことがあったっけ?
自分のことは師匠と呼べとしか言ってなかった。ここで答えられなかったら怪しまれてしまう。
一応、私は無免許の錬金術師だから安易に広めるわけにはいかない。だから適当にごまかそう。
「あの?」
「い、いえ。名前は確かコルチゾール、だったかな」
「まぁ! ずいぶんとたくましい名前ですのね! 素敵ですわ!」
「素敵ですよね」
ストレスを感じた時に分泌されるアレと同じ名前にしちゃった。
実際ストレスの塊みたいな人だったし、間違いではないかな。
「コルチゾールさんからはどんなことを教えていただきましたの?」
「本当に色々なんですけど……。一番実感できているのは身を守る術ですかね。おかげでその辺の暴漢くらいなら撃退できるようになりました」
「まぁー! 素敵にお強いですことのね!」
「なんか言葉がおかしいですよ」
このタリムさん、外に出なかったから何を聞いても新鮮に感じられるのかな。
それからはタリムさんの怒涛の質問攻めが始まった。中には専門的な知識を必要とするものもあって、一つ答えたら別のことを説明しなきゃいけない。
そんなやり取りをジットリと見つめてくるメアリン。
こんな日々をおくるうちに、タリムちゃんはすっかり元気になっていった。
もう日常生活には支障がないどころか、外を歩いても風邪一つひかない。
部屋に籠っていた頃とは大違いのタリムさんを見て、ジニーさんは深々と頭を下げた。
「アルチェさん、ありがとう。どうやら私が間違っていたようだ。やはり過保護はいけないな」
「昔から人はある程度、厳しい環境と共に生きてきました。そのたびに免疫というものが働いたのです」
「そうなると私の治療は間違っていたのか……?」
「いえ、過保護はよくないですが免疫だけじゃどうにもならないことがあるのも事実です。あなたはたくさんの人を救ってますよ。誇りをもってください」
「君のような人にそう言ってもらえるなら自信を失わずにすむよ」
ジニーさんがまた頭を下げた。それからジニーさんが金庫から一千万ゼルを持ってくる。
このお金はたぶんタリムさんの将来を考えて貯めたものでもあるんだろうな。
「タリムさんはほとんど自力でリハビリして復帰しました。私の手はほとんどかかってません。なのでお代は薬代の五十万ゼルいただきます」
「おぉ……アルチェさん。いいのかい?」
「はい、残りはタリムさんのために使ってあげてください」
「ありがとう! ありがとう!」
ジニーさんが泣いて感謝した。タリムさんと抱き合って喜んでいる。
これじゃなんだか一千万ゼルを搾取しようとした私が悪者みたいだ。
と思っているとメアリンが脇をつんつんとつついてきた。
「アルチェちゃん。五十万でも高いよね?」
「そ、そんなことないよ」
「ホントにー?」
「私は自分の技術を安く売る気はないの!」
あの栄養ドリンクだけでも日常生活に支障をきたさないものだからね。
しかもあれはタリムさん用に作ったものだ。いやぁ、大変だったなぁ。五十万ゼルでも安いくらいだよ。ホントだよ。
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