ブラックリエイト 信用失墜
「君達には失望したよ」
古時計をそのまま納品した翌日、なんとブラックリエイトにバルトール様が直々に訪ねてきた。
ギルド長はなんのことかといった様子で私を見ている。
仕方なかったのだ。こうなることは薄々わかっていた。しかし覚悟の上だ。
いくら公爵であろうと呪いつきの修理依頼など許されることではない。
「バ、バルトール様。いったいどういったご用件で?」
「君達に修理依頼を出した古時計の件だよ。直ったかと思えば、何一つ直っていない。君達は私をからかっているのかね?」
「なっ! おい! ゲーリー君! どういうことだね!」
どういうこともクソもない。私はバルトール様の前に立って堂々と言うつもりだ。
そのつもりだった。が、しかし。やはり対面すると公爵の圧というものを感じてしまう。
バルトール様は黙って私を見据えたまま険しい表情を崩さない。
「何かね?」
「お、お言葉ですがバルトール様。あの古時計は呪いつきです。あ、あ、あんなものは修理不可です」
「そうだ。だから君達に依頼した」
「私達は錬金術師です! 呪いつきなど手に負えるわけがないでしょう!」
「はて、それはおかしい。このブラックリエイトは呪いつきも修理してくれると評判だったはずだがね」
ギルド長とまったく同じことを言う。あれから過去の依頼書を漁ってみると、確かにそれらしい依頼があった。
済の印字までされているので解決済みなのは確かだ。私は呪いつきの修理をアルチェにやらせていた。
あのアルチェは呪いつきをどうにかしていたのだろう。しかしそんなことを認めるわけにはいかん。
どうせ適当にごまかして仕事を済ませたに違いない。どうせバカな客など、いくらでも騙せるのだからな。
今回は相手が公爵だから見抜かれてしまっただけだ。本来であれば、そんな依頼を受け付けるほうがおかしい。
「バルトール様。当ギルドは呪いつきの修理など受け付けていません」
「ゲーリー君! 口を慎みたまえ!」
「ですが! 呪いつきでなければ依頼を承ります! どうか! どうか今一度、チャンスを!」
「ゲーリー君!」
慌てるギルド長など今はどうでもいい。もはやこれしか手立てはないのだ。
もう一度だけチャンスを貰えたら今度こそ――
「話にならんな」
「えっ……」
「君達は私の依頼を引き受けたものの、解決できなかった。まずはそのことに対して真摯に謝罪すべきではないかね?」
「そ、それは大変申し訳ありませんでした!」
「私が昔から世話になっている庭師がここに呪いつきの修理依頼を出したことがあってな。だから当てにしたのだ。しかしこんなことならやめておけばよかったな」
クソッ、やはりあのアルチェのせいだ。どういう手段か知らないが、呪いつきの修理依頼ならばなぜ私に報告しない?
私に恥をかかせるために今までごまかしていたとしか思えん。
「それにこのギルドには有能な錬金術師がいると聞いたがね。だがそれは君ではなかったようだ」
「何かの間違いです! 呪いつきなど錬金術師の手に負えるものではありません! 時々いるんですよ! 錬金術師一強時代だからといって、何でも持ち込む奴が!」
「その一人が私かね?」
「あ、いえ! そういうわけでは!」
まずい。相手が公爵であろうと、バシッと言ってやろうと思ったが対面してみればこれだ。
理路整然と返される上にこの圧の前ではどうにも口がうまく回らん。
やはり子爵家の私では公爵の前に立つことなど許されないのか?
「私の専属庭師が出した修理依頼だがな。私も呪いつきだと後で知ったし、当人も気づいてなかったようだが。しかしきちんとした状態で返されたと喜んでいたよ」
「それ、は、失礼、しました……」
「私の知り合いも呪いつきの装飾品だと知らずに修理依頼を出していた。確かネックレスだったか。修理されてからは身に着けると心が晴れるようだと喜んでいたよ」
「そんな、に、お、お知り合いが」
「私をみくびるなよ。仕事を依頼するからにはきちんと下調べをする。が、今回は少し甘かったようだな」
アルチェごときの仕事などと思ってチェックしていなかったのが間違いだった。
あのガキ、どんな手を使って呪いつきをどうにかしやがった? 考えられるのは誰かに依頼した線だ。
自分の立場が悪くなるのを恐れて、コソコソと不正紛いのことをしていたとしか思えん。
クソッタレ。あのガキ、許せんぞ。
「評判のギルドと聞いていたからこれからも懇意にしようと思ったが、今回の件でよくわかった」
「そんなぁ! どうか! どうかもう一度だけチャンスを!」
「そうだな。私としても、一度の失敗で見放すほど心は狭くない」
「ということはチャンスをいただけるのですね!」
よし、首の皮一枚で繋がった。やはりバルトール様は公爵だけあって心が広い。
バルトール様がニヤリと笑った。ん? 何やら嫌な笑みに思えるが。
「君達には引き続きこの古時計の修理を依頼しよう。期限はない。きちんと直してくれたらそれでいい」
「え、そ、それをもう一度、ですか?」
「そうだ。ただし今後、進展がないようであればこの話は知人と共有させてもらう」
「それは、その! やはり難しいというか……」
バルトール様が何を言いたいか、わかってしまった。意味がわかった時、私は全身の力が抜けそうになる。
「ではこの私からの依頼を断るということか?」
「いえ! やらせていただきます! ぜひ!」
「そうか、それは頼もしい。では期待しているよ」
そう言ってバルトール様がギルドから出ていこうとする。そして振り向いて、私達に笑いかけた。
「こう見えても私は意地が悪くてね」
そう言い残して今度こそ立ち去った。無情だ。あまりに無情すぎる。
つまり呪いつきの古時計を修理しなければ、我々の評判がどんどん落ちるということ。私が何をしたというのだ。
「ゲーリー君。今回の件は我がギルドにとって痛手となるだろう。君には責任をとってもらおうか」
「ギ、ギルド長。お待ちください。どうか冷静になってください。悪いのはアルチェなのです」
「アルチェ? あの小娘がどうしたのかね?」
まだだ。まだ起死回生の手立てはある。私は感情を込めて語った。
「あのガキ、こともあろうか呪いつきの依頼と知っていながら私に黙って修理依頼を引き受けたんです。私も忙しい身ゆえ、確認を怠ってしまった責任はあります。しかし呪いつきとわかった時点で私に報告するのが筋でしょう? それなのにあのアルチェは私に黙って……ううぅ!」
「ど、どうしたのかね!」
「確かに! アルチェを厳しく教育したことはありましたぁ! ですがそれもぉぉ! ギルドのためを思ってぇぇ! ううぇぇぇんえんぇぇん!」
「落ち着きたまえ! 何も泣くことはないだろう!」
感情を込めているうちに涙が出てきてしまったのは本当だ。
ギルド長が大慌てで膝をついた私を起こそうとしている。
「それに、い、いつまでも……免許取得試験の受験資格を与えないギルドに、ふ、不満を持っていたんでしょう……」
「そうか、それはそうかもしれんな。悪かった、確かに君だけの責任ではない」
「すみません、つい取り乱してしまって……」
「君の気持ちはよくわかった。すべてはあのアルチェのせいだ。ううむ、そうなるとどうするべきか……」
よし、風向きが変わったぞ。これは好機だ。
「ギルド長、提案があります。アルチェを探し出して責任をとらせましょう」
「それはいい案だが、あの小娘の行方がわからん」
「もうこの王都にいないのは確実です。人でも何でも使って探し出しましょう」
「それはいい。もし見つけた際には私も同行しよう。個人的にガツンと言ってやらねば気がすまん」
完全なる逆転勝利だ。これで後はアルチェを連れ戻して、すべてを押し付ければいい。
呪いつきの古時計も、絶対にどうにかさせる。更にバルトール様の前に突き出して頭を下げさせれば、このギルドの信用も取り戻せるだろう。
その時になって謝ろうがもう遅い。どうしても許してほしいというのなら一生下働きで使ってやらんでもないがな。クククッ!
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