小さな依頼人の殺意 4
ガムブルアがガウンローブのままうろたえて私達を見渡している。
私はここにくる必要はなかったんだけど、魔道具の製作者として説明する必要があった。
「フゥン! 貴様ら! いったい何のつもりだ!」
「ガムブルアさん。今回は小さな獣人の女の子の恨みを少しでも晴らしてもらうつもりでした」
「どういうことだ! 貴様、この魔道具に何か細工したのか!」
「いえ、私はきちんと仕事をしました」
鼻息を荒くするガムブルアがベッド脇にある棚の引き出しから小型の魔道銃を取り出した。
あんなところにも隠してあるなんて、いくつ持ってるんだろう?
ガムブルアは強い味方を得たかのように笑いながら銃口を私達に向けた。
「さっぱり意味はわからんが、こんな真似をして無事ですむと思うなよ? 今は剣や魔法で戦う時代ではないのだ」
「そんな分不相応な武器で強くなったつもりですか」
「何を……」
魔道銃がメアリンの剣によって上から真っ二つにされてしまった。
「ひ、ひどすぎる!」
「腕を斬り落とされなかっただけマシでしょ?」
メアリンのメガネがきらりと光った後、追撃をくらわせたのはシェイさんだ。
「ぐあぁッ!」
「汚い手を下ろせよ」
ガムブルアの手がシェイさんに蹴られた。手を押さえて悶えてるガムブルアを上から押さえつけている。
「お前なー、なにアルチェに物騒なもん向けてんだよ?」
「この野良犬風情が! ワシを誰だと思っている!」
「成金宝石商のガムブルア様だろ? お前が経営する店からはずいぶんと盗り返させてもらったよ」
「なんだと……」
シェイさんによれば、ガムブルアの宝石店の商品の中には盗品が紛れているらしい。
一時期はそんな盗品を義賊団がコツコツと盗んで持ち主に返していたそうだ。
どうもこのガムブルア、魔道銃なんてものを持っているだけあって良くない人達との付き合いもあるみたい。
それに加えて商談とも呼べないような脅しで不利な契約を結ばさせたり、一方的に商品を安値で仕入れている。
叩けばいくらでも埃が出そうな人間というわけだ。
「そ、そうか! 商品が何者かに盗まれる事件が多発していたが貴様らの仕業か! 今回もそこの錬金術師と結託してワシの別荘に盗みに入ったのだな!」
「ぶっぶー。今更、お前から何を盗むんだよ」
「じゃ、じゃあどうするつもりだ!」
「アルチェ、種明かしくらいしてやってもいいんじゃないか?」
シェイさんの言う通りだ。なんでルトちゃんがここまで侵入できたのか。
なんでトラップ魔道具に引っ掛かったルトちゃんが出てこられたのか。私は椅子に腰をかけて、リラックスして説明を始めた。
「ガムブルアさん、あなたに作ったトラップ魔道具は本物ですよ。ただ材質がアンデッド属性を持っているだけです」
「アンデッド属性……?」
「死属性とも言い換えられるかな。これは通常の武器や魔法だとなかなか破壊できないほど特殊な性質を持っていましてね。一方で私はルトちゃんにヒールナイフを作りました」
「アンデッドにヒール……ま、まさか!」
「はい。ルトちゃんが持っているナイフならアンデッド属性のトラップ魔道具に捕らわれても脱出できるんです」
名前:嘆きの檻
素材:グラシオル鉱石、金塊、グールの布、デュラハンの鎧の欠片、魔法の水
名前:ヒールナイフ
素材:鉄鉱石、癒し草、聖水、魔法の水
種明かしをするとガムブルアがずっと口を開けたままだ。人間、驚くと本当に開いた口が塞がらなくなるんだと思った。
シェイさんはいい仕事をしたと言わんばかりに何度も頷いている。ご希望とあらば死属性の武器や防具、装飾品製作なんかも承っております。
「聖属性のヒールナイフなら、子どもの力でも嘆きの檻の鉄格子くらい簡単に切ることができます」
「や、や、やはり、やはり図ったのか! そのナイフでそこのガキはワシを刺した!」
「よく見てください。刺された箇所の傷が塞がっているでしょう?」
「ぬ! そういえば……」
「ヒールナイフで刺しても回復するんですよ。ただし人を刺した感触はありますけどね。ルトちゃんには人を殺すということ、傷つけることがどういうことなのか。知ってほしかったんです」
ルトちゃんがヒールナイフを持ったまま俯いている。
殺意があっても実行するとわかることがあるはずだ。たとえどうしようもない人間だろうと、人を刺せば感触が伝わる。
人を傷つけて命を奪う行為がいかに生々しいか、知ってほしかったんだ。そういう意味での勉強会だ。
「シェイさん達にルトちゃんが安全に進めるようサポートしてもらいましたけどね」
「ハッ! そうだ! 警備の者はどうした! ワシには元一級冒険者のあいつがいる!」
ガムブルアが息を吹き返したように表情が明るくなった。この人、まだ気づいてないのかな?
「フゥン! 奴は強いぞ! 【蒼刃】の名はお前達も聞いたことがあるだろう! そいつを見たものは青ざめた顔が刃に反射することからそう呼ばれたらしいな! 現役時代、三十人規模の盗賊団をたった一人で壊滅させた蒼刃の……」
「それってもしかしてあいつのことか?」
シェイさんが指した先には蒼刃と思わしき男がボロ雑巾みたいになって倒れている。
義賊団の人達に拘束されたまま床に転がされていた。
もう許してとか勘弁なんてうわ言のように繰り返していて、なかなか痛々しい。
「は? あ?」
「クソ弱かったぞ。あれが本当に元一級なのか?」
「ウ、ウソだ……。あいつを雇うのに、い、いくら払ったと……」
「まぁ何でもいいけどさ。お前が雇った警備の奴らは全員、あんな感じでボコって捕まえておいたぞ」
これが義賊団の強さだ。予めルトちゃんの件を相談した甲斐があった。
今度、義賊団の武器や防具を新調することを条件に快諾してくれたよ。
ガムブルアはいよいよ手がなくなったのか、愕然として絨毯の上に座り込んでしまった。
いつの間にかシェイさんが踏みつけをやめて解放している。
「ワ、ワシが、ワシが何をした……。ワシは王族にも認められた宝石商ガムブルア……」
「せめてまともな商売してりゃ傷は浅くてすんだかもなー。いや、どのみちそろそろあいつらが来る頃か」
「あいつらだと?」
「アルチェ、ずらかろうぜー」
シェイさんの言う通りだ。私達の仕事はここまで。後は当事者同士でしっかりと話し合ってほしい。
そのために警備を片付けた上に魔道銃も回収したんだからさ。
「おい! 待て! あいつらというのは衛兵隊か!?」
「衛兵隊? あ、そういえばそっちも呼ばないとダメでしたね。シェイさん、呼びました?」
「なんでアタシがあいつらに声をかけないといけないんだよー」
やっぱりそうだよね。というわけで夜も遅いし、そろそろ寝ないとね。
私達が別荘を出た後、至る所から窓ガラスが割れる音が聞こえる。
夜の闇の中でハッキリと見えないけど、たくさんの獣人達が窓から侵入していく影を確認した。
「悪かった! 謝る! 金ならいくらでもやる! や、やめてくれぇ!」
その後、間もなくガムブルアの断末魔の叫びらしきものが聞こえた。
翌日、ガムブルアの屋敷で惨殺事件があったということでたくさんの野次馬が集まっている。
死体はあまりに惨い状況で、まるで何かに切り裂かれて内臓なんかの臓器がすべて飛び出していたとティアリアさんから聞いた。
私達はというと、なぜか事情聴取の声がかからない。衛兵隊の捜査不足か、はたまた別の理由か。
お互い、この件は触れないということでいつもの日常に戻った。
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