光膜のメガネ
ギルドを解雇されてから私は今後の身の振り方を考えていた。
辿りついたのは辺境にある町で、王都ほど大きくはない。
町を歩きながら、ふと師匠のことを思い出す。あの人は私を孤児院から引き取って錬金術の知識と技術を授けてくれた。
ただし世界を転々として活動しているみたいで、ギルドを設立していないらしい。
ギルドを設立するには国からの承認と手続きを得なければいけないから面倒だと笑っていた。
だからあの人は私に技術と知識を与えることはできても、錬金術師の資格を与えることはできない。
師匠から独り立ちした後は錬金術師の資格を取るぞと意気込むも、私みたいな小娘を雇ってくれるところがなかなか見つからなかった。
やっとの思いで採用されたギルドで散々な仕打ちを受けた挙句に追放。
思い出せば思い出すほど、色々と馬鹿らしくなってきた。
「錬金術師の資格って本当に必要なのかな」
もちろんこの世界で錬金術師として働くなら必要だ。だけどそうじゃない。
そんな資格がないくらいでどうして錬金術師の仕事をやっちゃダメなのかな?
信頼とか身分証明? 国が認めないとダメ?
どうも納得がいかない。私はここにいる。錬金術を使える。
他の方法で言えばギルドの勤続経験三年以外だと、王立学院を卒業する必要があった。
こっちはもっとハードルが高い。莫大な入学金を必要とする上に貴族階級を優遇する節があって、平民の入学はなかなか難しいと聞いた。
今、錬金術師のギルドを経営しているのはほとんどが貴族階級だ。
つまり貴族の機嫌を取るのも資格取得に必要なスキルということ。今にして思えば私にはそれがなかった。
真面目に仕事をしていれば絶対に認められると思い込んでいた私がバカだった。
「師匠、笑っちゃうよね。私、錬金術師になれないみたい」
口にしてみると悔しくて涙が出てきた。
これからどうしていいのか、本当にわからない。やりたくもない仕事で生活費を稼いで一生を終えるなんて考えたくなかった。
私はどうしても錬金術師がやりたい。でも仮にまたどこかのギルドに就職しても認めてもらえなかったらと思うと、二の足を踏んでしまう。
だからといって王都から遠く離れたこんな町に来たところで何も解決しない。
この町に錬金術師ギルドはあるのかな? なかったら本当に無駄足だ。
でも探すしかない。私はまだ終わりたくない。意を決すると、道の向こうに数人が立っていた。
武装した格好を見るに冒険者かな? 数人の冒険者達が一人の女の子を囲んでいる。
「メアリン、お前さ。もう役に立たないからパーティから抜けろよ」
「え、えぇ……。これまでずっとがんばってきたのに……」
いかつい男性冒険者が、ピンク髪の女の子剣士を恫喝している。他のメンバーもニヤニヤして、怯える女の子を見て楽しんでいた。
嫌な場面に遭遇しちゃったな。このまま素通りするのもなんとなく気まずい。
「怪我のせいとはいえ、視力を失ってまともに戦えなくなった剣士なんていらないんだよ」
「み、見えなくても、戦えるよぉ……」
「お前程度の剣士なら他にいくらでもいる。今まで使ってやっただけでもありがたく思えよ」
「う、うぅっ……」
とうとうメアリンという女の子剣士が泣き出した。見ていて気分がいいものじゃない。
視力を失った、か。私とは違う理由だけど、あの子も認められずに追い出されようとしている。
気がつけば私は冒険者達に近づいて声をかけた。
「ちょっといい?」
「あ? なんだ、お前は?」
「私は錬金術師のアルチェ。そこの女の子は視力を失ってまともに戦えなくなったんだよね?」
「そうだ。だからこいつは用済みなんだよ」
私はマジックポーチから一つのアイテムを取り出して、メアリンに差し出した。
メアリンはまじまじとそのアイテムを見ている。
「これは?」
「私が開発した魔道具、光膜のメガネだよ。かけてみて」
「は、はぁ……」
メアリンが訝しがりながらもメガネをかけた。少しの間、固まっていたメアリンがわなわなと震えている。
「み、見える! 見えるっ! なぁにこれ!」
「そのメガネは視覚に存在する情報をあなたの脳に届けている。実際に目で見えているわけじゃないけど、どう?」
「なんだか不思議な感覚だよ! こんな魔道具、初めてだよ!」
「私が開発したものだからね」
このメガネはギルドにいた時に新商品の試作品として提出しようとしたものの一つだ。
目が見えなくて困っている人を見て思いついたんだけど、こんなところで役立つとは思わなかった。
見習いでも開発した魔道具を他人に売らなければ問題ない。
だからできる範囲で実力を示そうと思ったのに、それも生意気だなんて思われていた。
「えっと、アルチェ……ちゃんだよね? あ、ごめん。馴れ馴れしかったね……。このメガネって……」
「あげるよ」
「いいの!?」
「うん。今の私にその資格はないからね」
「えぇ……な、なんか悪いな。何かお礼、できないかな……。アルチェ……さんくらいの錬金術師なんて見たことなくて……。よかったらお店を教えてもらえたら嬉しいな」
お店と言われて答えに困った。
今の私は無免許で、正直に答えたらどうなるかわからない。
どうしたものかと考えていると、見ていた冒険者達が私を取り囲んだ。
「お前、錬金術師か? ちょうどいい、専属がほしかったんだよ」
「はい?」
「だから専属で雇ってやるって言ってんだよ。俺達はそれなりに名が通っているからな。お前としても格好がつくだろうよ」
「雇ってやる、ですか」
――お前みたいなガキを雇ってやるところなんて他にあるか!
文句があるならいつでも辞めていいんだぞ!
ギルドにいた時を思い出した。雇ってやる、使ってやる。ゲーリーの口癖だ。
この人達に雇われたら、あのギルドにいた時と変わらない気がする。
なにさ、雇ってやるって。私をなんだと思っているの?
それに比べてメガネを貰って素直に喜んでいるメアリンが眩しく見えた。あんな風に自分が作ったもので純粋に喜んでくれる人がいる。
この冒険者達からは誠意の欠片も感じられない。
「お断りします」
「俺達が誘ってやってるんだぞ?」
「あなた達がメアリンをゴミのように捨てようとしたところは一生、忘れません。あなた達のような人達といい仕事ができるとは到底思えないので、丁重にお断りします」
「おい、優しくしてやってりゃ調子に乗りやがってよ!」
冒険者の一人が私の肩を掴んできた。その腕を私が掴んで思いっきり握る。
「いでぇぇぇ! いででで!」
「触らないでください」
冒険者の腕を離すと全員が睨んできた。完全に怒り心頭で、一人が拳を作って殴りかかってくる。
「このガキがぁ!」
鍛えているだけあってそれなりのパンチだけど、私はひょいっと回避する。
それから私も拳を作って冒険者の腹に一発、入れた。
「う、うごぇぇぇッ!」
「ひ弱な錬金術師だと思って舐めてました? あなた達みたいな人達に絡まれてもいいように、それなりに色々やってるんですよ」
「うぇぇっ……ま、まいった……」
「私も忙しいので失礼します」
その場から去ると、冒険者は手を出してこなかった。他の仲間も完全に面食らって呆然としている。
忙しいのは事実だし、これ以上はあんな人達に構ってられない。メアリンのおかげで私は今後の行動指針が決まったからね。
と、覚悟を決めたらメアリンがタタタと走って追いかけてきた。
「あ、あのー……。ちょっといいかなぁ?」
「うん?」
メアリンがモジモジして何か言いたそうだった。
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