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探偵は詰んでいる

作者: 千子

皆さんはミステリーにおいての禁じ手というのをご存知だろうか?

様々あり、人によっては定義も違うだろうがここではよくある「主役であり読ませ手側である探偵が犯人だった」を禁じ手として上げておく。


そう、つまり探偵業を営んでおり、別件ながらも同被害者が絡む事件の解決を依頼されている私こと神宮寺真がこの事件の犯人である。


この事件と言われても皆さんには分からないだろうから順を追って説明していこう。


事の起りは二十年前の深夜、近所でも悪くて評判の滝川重三は幼い私と両親を含む自宅に強盗に入り、両親を惨殺したのである。

とっさの機転で母が物置に私を隠してくれたおかげで私だけは命拾いしたが、あの顔と手の甲の特徴的な黒子は忘れなかった。

警察官にも滝川重三が犯人だと証言したが、どういう訳か滝川重三にはアリバイがあるとかで釈放された。

あの顔は、普段から見ているから見間違うことなんてないはずなのに、ショックが大きすぎたんだろうと慰められる始末だ。

その後は孤児院に引き取られ、いつか復讐してやると心に決めて過ごした。

しかし、復讐すると言っても滝川のために捕まるようなことはしたくない。

刑務所に入ることもいやだ。

私は、ミステリーを読み漁り、番組を見て、事実の事件を追っては解決までの終始を見届けた。

こうして勉強し累積されたトリックが、いつか滝川と出会った時に活躍することを願って没頭していった。

おかげでミステリマニアとしての評を得た。

別にミステリーが好きな訳じゃないんだけど。


いつか殺す、とはいってもそんな機会はなかなかやってこなかった。

そもそも物語のようには上手くいかないというわけだ。

事実、私が孤児院に入っている間に滝川は引っ越しをし行方不明になった。

まあ、それを追うために探偵になったのだが。成果は今一つだ。

消えかかる、子供の頃に見掛けた顔と名前と黒子しか情報がないので雲を掴むかのような話だ。

そのうちに、この平穏な日常に慣れ親しんで滝川を殺したいという気持ちさえ風化してしまうのではないか。

私はそれが怖かった。

これまでどんな場面でも殺せるように考えに考え抜いたトリックの数々が披露する場もなくお蔵入りしてしまうことも切なかった。なんとかトリックを実現したい、いや、滝川を殺して両親の仇を取りたい。

最近は、手段が目的より先に来てしまう。

このままではいけない。

早く滝川を見つけ出さなければ。

そう思い、子供の頃に住んでいた町から重点的に滝川の足取りを再度追っていった。

そしてついに滝川を見付けたのだ。

あの顔、間違いない。

年月が経っているから余計にあの頃と印象が違うが、ドアプレートにも滝川と書かれている。

それとなく人目がつかないところで本人に話し掛けて昔住んでいた所まで聞き出したが住所も同じだった。

もうこの男で間違いがない。

ようやく見付けた。

殺るしかない。

そう思うのにいざとなると手が震える。

だが、私はこの時のために捕まらないように、殺すようにトリックを考え抜いてきた。

滝川を殺すということは、両親の仇を討つという手段から目的になっていた。

この時にやめておけばよかったのだ。


しかし、愚かな私は自身が練り上げた完璧な計画で滝川を殺した。

とうとう殺してしまった。

私は殺人者になってしまったのだ。

また手が震えたが、自分を叱責し痕跡を消して滝川の家をあとにした。

手の甲の特徴的な黒子がなかったことすら気付かずに。




滝川殺害のニュースも見れず、新聞もテレビも怖くて遠退けてしまっていた。

それから三日後に警察が来た。

「失礼。警察ですが、滝川さんをご存知ですか?」

「ああ、滝川さんですか。よく存じ上げていますよ」

等と白々しく言っておく。

「滝川さんを調べていたとか。それは何故ですか?」

警察からの問答は想定内だった。

「探偵の守秘義務…と言っても引いてはくれませんよね。滝川さんに結婚詐欺で騙されているかもしれないから調べてほしいという依頼を受けたんですよ」

事実、滝川には結婚詐欺の噂があった。

噂程度で実際にやっていたかまでは調べていないが。

そのまま滝川の殺害時刻のアリバイやらを訊ねられ、最後に死因を知らされた。

ブロンズ像で殴り殺されたとのことだ。

そんなの、ミステリーの定石では咄嗟の犯行、練られたトリックも何もない勢いの殺人だ。

警察から知らされる死因は、私の関与していないものだった。

殺害時刻も違う。

殺害前に殺害未遂の痕跡があったというが、それこそ私のやった殺害方法だった。


つまりは、私は滝川を殺してはいなかったのだ。


このままではまずい。

殺す気で侵入しトリックを仕掛けて来たのだ。

手袋をしていたから手袋痕は残るだろうが、他にも遺留品があるかもしれない。

私が犯人で捕まるならば納得は出来るが、そうでないのならば冤罪だ。由々しき事態だ。

なんとか冤罪を立証するための偽装工作をしなくては。


しかし、やるよりもやっていないことを証明する方が難しい。


こうなったら真犯人を私も探すしかない。


こうして、私の冤罪を晴らすために滝川殺しの犯人を探すことになったのだ。

そして犯人を探すために殺害現状を調べあげたのだが、真犯人が残した痕跡より、私の残した痕跡の方が多いのだ。

真犯人は一体どんなトリックを使ったのか…。

私にはまったく分からなかった。




調べると、私は滝川もミステリーの禁じ手である存在だということを知った。

滝川重三は三つ子だったのである。

つまり、二十年前に我が家に押し入ったのは重三ではなく他の二人のどちらかで、見知った重三の顔ばかりを気にしていた私は、私自身で滝川重三に冤罪を掛けていたのである。

アリバイがあっても当然のことだった。

なんと滑稽なことか。

では、私の両親を殺したのは残りの二人のどちらか?

今となってはわからない。

残りの二人の居場所も、滝川の葬式にも参列していなかったのでわからない。

そもそも葬式に参列していたら三つ子だと分かるところだった。

この事件、分からないことだらけだ。




それから更に一週間後、再び警察が来た。

「滝川さん殺害の犯人が捕まりました」

「…そうですか。どなたなんですか?」

警察が告げる犯人の名は、名前も知らない人物だった。

滝川の愛人が合鍵で金目的で滝川の家に侵入し、鉢合わせたので思わずブロンズ像で殴り殺したというのだ。

愛人は秘書だというので家の中にも自然に入ったことがあるだろうし家中に痕跡もあるだろう。

トリックもなにもなく、要らない殺人だ。

なんともお粗末な話だ。

犯人が愛人という以外、私の過去とまったく同じじゃないか。

私があんなに緻密なトリックを考えたというのに、滝川はそんな理由で死んでしまったのだ。

しかも、滝川は滝川でも両親を殺した憎い滝川ではなくその三つ子の兄だという。

本当に、世の中はどこかおかしい。

本物の滝川重三は今どこにいるだろうか?

滝川の葬式にも参列はしていなかった。




「それでですね、神宮寺さん。あなたにもまだお聞きしたいことがあるんですけどね」

刑事が追及を始めた。

これは早々にお手上げになりそうだ。

だって私は単なるミステリマニアの探偵。

結局、犯人にはなれなかったんだから。

犯人ならばそう簡単に解けないトリックを考え付きそうだが、犯人ではない私のトリックでは刑事達の推理に簡単に見破られてしまいそうだ。

なんて、空想上の物語と現実とを混同している辺り、私ももう駄目かもしれない。


「刑事さん、ひとつ聞いていいですか?滝川さんには末に重三という三男がいた筈ですが葬式にも出ていない。行方がどこにいるか分かりますか?」

「ああ、末の重三さんなら九年前に末期癌が発覚してそのまま亡くなってますよ」

なんということだ。

一番憎い男は九年も前に亡くなっていた。

両親を殺した一年後に…。

私は何を追っていたのか。

犯人が居ると決めつけてずっと在りもしない犯人を追い掛けていたのだ。


ひとつわかったことは、考えすぎるミステリマニアの探偵は犯罪に向かないことだ。


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