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第一章 ~『破滅した王子と男爵令嬢』~


「なんだ、これは!」


 最初に反応を示したのは、玉座に座っていた国王だ。足元に落ちた書類を拾い上げた彼は、怒りで顔を真っ赤にしている。


「父上、何を怒っているのですか?」


 まだ書類に目を通していないジークは疑問符を浮かべる。この事実は彼も知らないアンナの秘密だ。


「ジークよ。本当にその女と愛を誓い合ったのか?」

「はい、もちろんですとも」

「これを読んでもそう言えるのか⁉」


 ジークとアンナも促されるように書類を拾い上げる。目を通す二人の顔色は、見る見る内に青くなっていく。


 クレアもまた事前に内容を知っているものの、書類を拾い上げて、ワザとらしい反応を示す。


「あらあら、これは酷いわね」


 そこに記されたのはアンナの恐るべき醜聞だ。浮気癖があり、ジークとクリフォード以外にも夜を共にしている男たちがいることや、使用人を虐めていた過去が暴露されている。


「おい、アンナ! ここに書いていることは本当なのか⁉」

「ジーク様、もちろん、でたらめに決まっています」

「本当だろうな⁉」

「私が信じられないのですか?」

「むぅ……」


 面の皮が厚いのか、アンナは浮気を認めない。もちろんクレアにとっては想定の範囲内だ。


「あら? この書類に関係を持った男性の名前も書いてあるのね」

「――――ッ」

「その人たちを問い詰めれば真偽が分かるんじゃないかしら」


 アンナが白状しなくても、浮気相手たちは別だ。王族から詰問されて、惚けられるほど胆力ある男たちばかりではないはずだからだ。


 この追求が効いたのか、アンナは額から汗を流して、狼狽する。彼女が嘘吐きなのは、誰の目からも明らかだった。


「浮気したんだな?」

「き、気の迷いなんです。本当に愛しているのはジーク様だけで……」

「信じられるか⁉」

「嘘ではありません。ほ、ほら、手料理もご馳走したではありませんか」


 浮気相手とは肉体だけの関係。愛情はジークだけのものだと許しを請う。だがそう言い逃れするのも想定内。彼女の行動はすべてクレアの掌の上だ。


「それはオカシイわね。この書類には手料理も使用人に作らせたと書かれているわよ」

「ク、クレア様、それは……」

「しかも素人の手料理だと印象付けるために、敢えてシェフに頼らなかったとも。さらにはジークとの婚約も金目当てだとか」

「う、嘘です!」

「でもジークからのプレゼントは、質屋に売ったと書かれているわ。これなら確かめるのは簡単よね。なにせ店主に訊ねればいいだけなのだから」

「……っ――わ、私は……」


 アンナは下唇を噛み締めて、鋭い視線をクレアへと向ける。しかし彼女も負けていない。その視線を真っ向から睨み返す。


 二人の視線が交差し、火花が散る。だがクレアの圧力に耐えきれなくなったのか、アンナは下を向いて、蚊の鳴くような声を漏らす。


「公爵令嬢のクレア様には分からないでしょうね……」

「どういうことかしら?」

「私は男爵令嬢なんです! 贅沢したいのに慎ましい暮らしを強要される。そんな私が嫌だった。だから王子から貢いでもらったんです! それのどこがいけないんですか⁉」

「開き直るのね」

「本音ですから! 手料理についても同じです。どうせ王妃になったら、自分で作ることはないのですから、使用人に作らせて何が悪いというのですか⁉」

「あなた、馬鹿でしょ」

「え?」

「次期国王は第一王子のクリフォードで決まっているのよ。ジークじゃないわ」

「で、ですが、ジーク様は次期国王に選ばれるのは自分だと仰いました!」

「勝手に言っているだけよ。ねぇ、陛下?」

「この国の王は代々、長男が継ぐ。そこに例外はない」

「そんなぁ~」


 期待が外れたのか、アンナはその場に崩れ落ちる。だがショックを受けているのは彼女だけではない。


 永遠の愛を誓い合ったはずのジークもまた、あまりの衝撃に言葉を発せずにいた。


「あら、ジーク。随分と元気がないのね?」

「お、俺は……っ……」

「ふふ、もしかして泣いてるの?」

「お、俺が泣くものか⁉」


 ジークの目尻には涙が浮かんでいたが、彼はそれを拭うと、何とか冷静さを取り戻す。


「泣いてはいない……泣いてはいないが、ショックなのは事実だ。アンナの家庭的なところに惚れたのに、まさかそれがすべて嘘だとはな」

「ジ、ジーク様……わ、私、今日から心を改めます。ですから――」

「もういい。貴様への愛は消えた。ここから立ち去れ!」


 ジークの態度に変化が生じていた。まるで汚物でも見るかのような目をアンナに向けている。そこに愛はないと知ったのか、絶望で彼女も肩を震わせていた。


「いいえ、まだ立ち去っては駄目よ」

「クレア様、まさか私を庇って……」

「そんなはずないでしょ。忘れたの? 二人はこれから真なる愛を証明するのよ。立ち去るなら、宝玉の上に手を乗せてからにして頂戴」


 醜聞騒ぎで二人とも頭から抜け落ちていたのか、クレアの催促に狼狽する。特にジークの慌てようは顕著だった。


「ク、クレアよ。寄りを戻そう。こんな馬鹿げた婚約破棄は白紙に戻すんだ」

「戻すわけないでしょ。ねぇ、クリフォード。引き返せないわよね?」

「既にアンナとの浮気を認めているし、このまま引き下がっても、ジークの有責で婚約破棄が成立する。もう逃げ場はないよ」


 退いても進んでも地獄が待っている。なら一縷の望みに懸けるしかない。


 ジークとアンナの二人は、諦めて宝玉に手を乗せるが、変化はない。二人の真なる愛が証明されることはなかった。


「結果が出たわね。さぁ、陛下。判決をお願いしますわ」


 クレアの催促に、国王は苦々しい表情を浮かべる。法は絶対だ。王族といえど、庇うことはできない。


「判決を下す。馬鹿息子よ。貴様は廃嫡となり、財産はすべてクレアのものとする。そして彼女の奴隷として生涯を生きるがいい」

「そんなぁ」


 絶望でジークは頭を抱える。浮気が彼の人生を破滅させたのだ。


「アンナ、俺は奴隷に堕ちた。お前も一緒に……」

「触れるな、奴隷が⁉」


 縋ろうとしたジークの手をアンナは払いのける。その態度は高慢な貴族そのものだ。


「私は男爵令嬢よ。奴隷が気安く話しかけていい立場ではないの」

「き、貴様はいったいどこまで……」


 醜悪な内面を知り、ジークは自らの人を見る目が節穴だったと恥じる。悔しそうに歯を食いしばる彼の姿に、クレアは達成感を覚えた。


(これにて一件落着といきたいところだけど、まだ最後の始末が残っているわね)


 ジークへの復讐を終えても、その原因となったアンナは罰を受けていない。このままお咎めなしで済ませるほど、クレアは優しい人物ではない。


「残りはアンナの番ね」

「わ、私は関係ありません。婚約破棄もしていませんから」

「そうね。確かに、あなたに慰謝料の支払い義務はないわ」


 クリフォードとも婚約関係ではなかった。ただの恋人が浮気しただけでは裁くことは難しい。


「でもあなたの人生は終わりよ、ねぇ、クリフォード?」

「ああ。なにせ第二王子のジークが破滅したんだからね。その原因となった君の悪名は王国中に知れ渡る。君の味方は王国から一人もいなくなるさ」


 複数の男と浮気をしていたアンナの醜聞が出回れば、嫁ぎ先もなくなる。


 さらに王家と筆頭公爵家を敵に回したことで、友人や家族も距離を置くことになるだろう。これからの人生は死んだように生きるしかない。すべてを失ったのだと、彼女も改めて実感したのか、絶望で涙を流す。


「これで復讐は終わりね」

「すっきりしたかい?」

「とっても♪」


 目覚めの天気が快晴だった時のような笑みで応えるクレアに、クリフォードは彼女らしいと苦笑を漏らす。


 一方、ジークは奥歯を噛み締めながら、怒りで眉を吊り上げていた。


「俺を騙したのか⁉ 兄上もすべてグル。俺を嵌めるために仕組んだんだろ⁉」

「あら、今頃気が付いたのね」


 すでに判決は下っている。隠す理由もなくなったため、クレアはすべての計画を洗いざらいぶちまけた。その内容を聞くにつれ、ジークの目は鋭さを増していく。それがまた彼女の嗜虐心を刺激した。


「ふふ、浮気したあなたを成敗するために仕組んだのよ。反省してくれたかしら?」

「う、うるさい! 最低の女め。貴様なんかと婚約したのが何よりの失敗だった!」


 自分の非を棚に上げて怒り出すジークに、彼女は反論しようとする。しかしそうするまでもなく、クリフォードが庇うように前に立ってくれる。


「違うよ、ジーク。クレアは悪くない。浮気した君が悪いんだ」

「あ、兄上……」


 普段の弱々しい雰囲気のクリフォードとは違う。強い言葉で非難する彼に、ジークは戸惑いを隠せなかった。


「クレアはね、苦手な料理を勉強し、君に尽くそうとしたんだ。他にもジークの不始末を裏から手を回して、庇ったこともある。彼女は君が浮気さえしなければ、理想的な婚約者だったんだ」


 だがその愛は踏みにじられた。だからこそ怒りに変わったのだ。


「君は反省するべきだ。これは兄として、いや、次期国王としての命令だ!」


 クリフォードの言葉に、過ちを自覚したのか、ジークは項垂れる。いつも弱々しい態度の彼が強い言葉で発したからこそ、その言葉には重みがあった。ジークは反論を止め、ただ肩を震わせて涙を流すのだった。


「あの、ありがとう。庇ってくれて嬉しかったわ」

「君の名誉が侮辱されたからね。つい感情的になってしまったんだ」

「ふふ、でも、今のあなたは、ちょっぴり私の好みだったわ」


 揶揄うように感情を伝えると、クリフォードの顔が耳まで朱に染まる。秘めた感情が、まだ恋だとは互いに気づいていない。二人がハッピーエンドを迎えるのは、もう少し先の未来の話だった。





これにて完結となります!


ここまで読んでいただき、ありがとうございました!!

本当に感謝感謝です!


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