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第一章 ~『始まった裁判』~


 クリフォードの私室での出来事から数日後、クレアは王宮への呼び出しの勅命を国王から受け取った。待ちに待った成敗の日が来たのだと知る。


「お父様、行ってくるわね」

「クレア……」


 父親は不安げな顔で、使者の馬車に乗るクレアを見送る。娘が王からの勅命を受けたのだ。不安を感じるのも当然だった。


「心配しないで。私は無事に帰ってくるから」

「いや、それは心配していない」

「え?」

「私はクレアの父親だからな。顔を見れば、何を考えているかくらい分かる……くれぐれも、相手を殺さないようにな」

「ふふ、お父様ったら、冗談がきついわね」


 クレアの内に秘めた怒りを察したのか、父親は報復相手に同情する。きっと無事では済まないと、彼女の過去を知るからこそ察していた。


 馬車に乗り込んだクレアは窓から移り行く景色を眺める。決着の時がやってきたというのに、不思議と穏やかな気分だった。


「クレア様、到着しました」

「ご苦労様。後は一人で十分よ」


 使者に礼を伝えると、王宮内にある玉座の間へと向かう。


 何度か訪れた場所のため迷うこともない。大理石の廊下を進み、辿り着いた先には、既に先客が待っていた。


 玉座にはこの国の国王である陛下が座っている。申し訳なさそうに眉尻を落としており、その原因が隣に立つジークとアンナにあるのは間違いなかった。


 周囲には法律書を手にした文官や大臣たちの姿もある。予想通り、これから裁判が始まるのだと知る。


「公爵令嬢のクレア、勅命に従い、参上しました」

「すまんな、困ったことが起きたのだ」

「陛下、謝らないでください。あなたは何も悪くありません。陛下が私に害を及ぼすはずがありませんから」


 クレアは、将来ジークと結婚すれば、国王の義理の娘になるはずだった。そのため、実の娘同然に可愛がられてきた過去がある。国王もまた現状を苦しんでいるのだと知る。


「それで、私はいったいどのような理由で呼ばれたのでしょうか?」

「実はな……この馬鹿息子が婚約を破棄したいと願ってきたのだ」

「え……」


 国王は罪悪感で苦しみながらも、何とか言葉を捻りだす。


 クレアもまた同情を誘うように、悲しみと驚きを表情に示す。裁判となれば心象も重要となるための配慮であった。


(ふふ、計画通りね)


 ジークが罠に嵌ったことを、心の中で歓喜する。だがまだ足りない。彼の心象をさらに悪くするべく、縋るような眼を向ける。


「ど、どうしてなの、ジーク。私と愛を誓いあったのに……」

「クレアには申し訳ないと思っている。しかし愛が失せたのだ……だからクレア、貴様との婚約は破棄させてもらう!」


 玉座の間が騒然とする。その発言は浮気を認めたに等しいからだ。


「意思は固いのね?」

「俺はアンナと結婚する。悪く思うなよ」


 念押しの確認をしても彼の返事は変わらない。これで言い間違いを理由にして、逃げることもできなくなった。


 トドメの一撃とばかりに、クレアは目尻から涙を流す。彼女の特技の一つである涙腺のコントロールによるものだ。


「うぅ……ひ、酷い……わ、私はずっとジーク一筋で生きてきたのに……」


 罪なき公爵令嬢の涙は同情を誘う。文官や大臣たちの中にはもらい泣きする者まで生まれる始末だ。


「分かるぞ、クレア。俺を失うことが辛いのだな。だが俺の幸せのためにどうか耐えてくれ」


 そんなわけあるかと、言い返したい気持ちをグッと抑え、肩を震わせる。十分すぎるほどの同情を得たタイミングでジークを見据えた。


「クレア……どうか、分かってくれ。俺は本気でアンナを愛しているのだ」

「分かったわ。辛いけど、愛は止められないものね」

「分かってくれたか⁉」

「ええ。私はあなたから貰える慰謝料で悲しみを慰めることにするわ」

「ふふ、残念だがな、慰謝料を払うつもりはない。むしろ、クレア。貴様が俺に払うのだ」

「な、なぜ、私が……」


 驚いた振りをしてみせるクレア。玉座の間にいる者たちも騒然としていた。浮気したにも関わらず慰謝料を要求するジークが、あまりにも理不尽だと感じたからだ。


「ふふ、知らぬのも無理はない。婚約は愛を育む努力が求められるのだ。その努力をクレアが放棄したからこそ、俺はアンナと浮気した。つまり俺は悪くない。クレアの有責で婚約破棄が成立するのだ!」

「そ、そんな……では私は……」

「すべてを失うことになるな。しかし落ち込むことはない。クレアから貰った慰謝料は新婚旅行の資金にさせてもらう。奴隷となったクレアも女中として連れて行ってやるから、三人で楽しく旅行を楽しもうじゃないか」


 ガハハと笑うジークに、国王は頭を抱える。ここまで息子が恥知らずな人間だとは思わなかったからだろう。被害者のクレアまで恥ずかしくなる想いだ。


「さぁ、父上。アンナとの愛を宝玉で証明してください」

「ま、待て、ジーク。もう一度考え直せ! 確かに過去に一度だけ、真なる愛が証明されたことがある。しかしだ。その影に数百人以上の失敗した者たちがいるのだ」


 勝算の低い賭けになると説得しようとするが、ジークは首を横に振る。


「心配いりませんよ、父上。我らの愛は本物ですから」

「だが――」


 国王は引き下がろうとしない。彼は知っているからだ。このまま進めばジークが破滅するということを。


「陛下、それは駄目です」


 だからこそクレアは釘をさす。


「ジークははっきりとアンナを愛していると口にしました。それだけの覚悟を持って、浮気をしたのですから、その気持ちは尊重しなくてはなりません……それに私も真実を知り、ジークへの愛が冷めました。このまま元の鞘に収まるわけにはいきません!」


 既に涙も枯れている。もうウソ泣きはいらない。


(さぁ、クリフォード。ここが勝負の時よ)


 クレアの心の内を読み取ったかのように、玉座の間の扉が開かれ、クリフォードがやってくる。彼は廊下で機会を伺っていたのだ。


「この裁判、待って欲しい!」


 入室してきたクリフォードに皆は驚く。特に大きな驚きを示したのはジークだった。


「兄上がどうしてここに?」

「私の恋人であるはずのアンナがジークと婚約すると聞いたからな。私もこの裁判に参加する資格は十分にあると思い、参上したのだ」

「それは……」


 ジークは気まずそうに顔を背ける。さすがの彼も兄から恋人を奪ったことに罪悪感を覚えていたのだ。


「別にジークを責めるつもりはない。でもこれだけは知りたい。アンナにとって僕は何だ?」

「わ、私は……」


 ずっと沈黙を貫いていたアンナが、問い詰められたことでようやく反応を示す。逡巡した後、彼女は重い口を開いた。


「元恋人ですわ」

「なるほど。なら容赦する必要はなさそうだ」


 振られたと知り、彼は手に提げた鞄から書類の束を取り出す。それこそが、クレアの用意した必殺の武器であった。


「宝玉を試す前に、皆さんに伝えたいことがある。これを見て欲しい」


 クリフォードは書類の束を宙に放り投げる。花びらのように舞う書類の一つが、クレアの足元に落ちた。


(ふふ、地獄に落ちなさい)


 すべてが計画通りだと、そこに記された醜聞に口角を釣り上げるのだった。



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