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第一章 ~『アンナとの逢瀬★ジーク視点』~


『ジーク視点』



 ジークには愛している人がいた。公園のベンチで座る彼と肩を寄せ合う女性――男爵令嬢のアンナこそが、意中の人である。


 その横顔は誰もが美人だと認める。しかし華やかさはない。顔は整っているが、素朴な田舎娘という印象だ。


 言うなれば、百人に一人の美女である。


 平民からすれば、それでも十分に高嶺の華だが、王子である彼にとって、その華は別段珍しいものではない。


 言い寄ってくる女性の数は両手で数えきれないほどだし、彼の婚約者であるクレアは数百万人に一人の美貌の持ち主だからだ。


 だが彼は異性に容姿を求めていない。


 なにせクレアと肩を並べて歩くだけで、あの美貌と比較されることになるし、常に気を張り続けなければいけないからだ。


 ジークは異性に特別を望まない。素朴で家庭的な女性こそ、彼の理想像だった。


「ジーク様、昼食にサンドイッチを用意しました」

「おおっ、それは楽しみだ」


 アンナの膝の上に、ハムとタマゴのサンドイッチの入ったケースが置かれる。プロが作ったものではない。手作りだと一目で分かるほどに不格好ではあったが、だからこそジークは感動する。


 ジークはサンドイッチに手を伸ばし、一口齧る。マスタードとタマゴの味が舌の上に広がる。王宮の料理で舌の肥えている彼が、美味しいと感じることはなかったが、その分、彼女の頑張りが伝わってくるようで、心が揺さぶられた。


「俺の人生で一番のサンドイッチだ」

「ジーク様は大袈裟ですね」

「本当だ。こんなにも美味しい手料理は食べたことがない」

「クレア様は手料理を振舞ってくれなかったのですか?」

「あいつは根っからの貴族だからな。屋敷でご馳走になった時も、宮廷顔負けの豪華な料理が並べられたよ……俺は手料理を食べたいと願ったのにだ」

「クレア様は調理人に作らせたのですね……」

「間違いなくな。あんな完璧な料理を素人の公爵令嬢が作れるものか!」


 ジークにとって手料理は愛情を確かめる手段だった。だからこそ、不格好でも、不味くてもいいから頑張って欲しいと願ったのだ。


「クレア様は卑怯な人ですね……」

「まったくだ。料理は愛情。俺はアンナの手料理の方が何倍も好意的に感じるよ」

「ふふ、私もジーク様から愛を感じます」


 二人はさらに肩を寄せ合う。第三者から見た彼らは、疑うことのないカップルそのものだ。


「ジーク様、私たちはいつになったら結婚できるのでしょうか……」

「結婚したいのは俺も同じだ。だが婚約破棄は禁忌だからな。もし有責だと認められれば、すべてを失うことになる」

「王子の権力でもどうにもなりませんか?」

「無理だ。法に反するのは神に反するのと同義。例え国王でも法の前では絶対だ」


 だからこそジークは歯痒い想いをしていた。好きな人と結婚できない現実に、女神にさえ怒りを抱くほどだった。


「でも寂しいです……」

「兄上とは表向き恋人なんだろ? しばらくは兄上相手に寂しさを紛らわせておけばいい」


 アンナの建前上の恋人はクリフォードということになっている。それを知っていながら、ジークは彼女を奪った。


 罪悪感はない。むしろ奪われるような軟弱さが悪いと、責任はクリフォードにあると考えていたほどだ。


「でも、クリフォード様に男性としての魅力を感じませんから……」

「兄上は弱い人だからな。だからこそ俺にも次期国王のチャンスがある。好意的に捉えてやろう」


 王国では長男が次期国王になる慣例だ。しかし強い国となるには、強い指導者が求められる。学者のような兄では不適で、きっと次期国王には自分が選ばれるはずだと、ジークは信じていた。


「ジーク様が王になれば私が王妃ですのね……ジーク様の婚約を合法的に破棄する方法はないのでしょうか?」

「処罰を受けずに別れる方法か……」


 もしそんな方法があるならすぐにでもクレアとの婚約は解消している。だが法学の講義を思い出しても、抜け穴のような方法について解説されていなかった。


「詳しく調べてみるかぁ」


 肩を寄せ合うアンナを幸せにするため、ジークはクレアを破滅させる覚悟を決める。自己本位な願いを叶えるため、彼は冷酷な笑みを浮かべるのだった。



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