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第一章 ~『クリフォードと好みじゃない』~


 ケニスへの詰問を終えたクレアは、その後もジークの友人を呼び出しては同じことを繰り返す。だが決定的な証拠を得るには至っていなかった。


(尾行するしかないのかしら)


 浮気の証拠を得るためなら悪くない手だ。だが気づかれるリスクがあるし、そもそも上手く証拠を押さえられるビジョンが浮かばない。


 王子であるジークは、この国の有名人であるため、国民全員から監視されているに等しい。そんな状況下で、キスのような言い逃れできない瞬間の目撃を許すとは思えないからだ。


(思考がまとまらないわ……こういう時はリフレッシュするに限るわね)


 学園内の公園を散歩しながら、周囲に広がる緑を愛でる。庭師によって手入れされた美しい風景のおかげで、怒りも落ち着き、頭も冷静になってくる。


 そんな彼女が散歩中に見知った顔を見つける。


 ベンチで肩を落とす彼は、ジークの兄であり、第一王子であるクリフォードだ。


 銀髪赤眼の青年で、スラっとした高身長と、整った顔立ちは凛々しさの中に知性を感じさせていた。


 学者然とした容貌のため、どこか弱々しさを感じさせるが、学業は優秀で、法学部で首位の成績を収めている。


 さらには王家の長男であるため、次期国王の最有力候補でもある。学内でも女性人気の高い人物であったが……クレアの好みではなかった。


(さすがに無視するわけにもいかないけど……でも、クリフォード様のこと、正直苦手なのよね……)


 カビの生えた価値観だが、男性は強くあるべしと考えるクレアにとって、なよなよした彼に魅力を感じなかった。


 だが相手は次期国王であり、見かけた以上、無視するわけにもいかない。気になることもあるため、彼に近づくと、人影に気づいたのか、クリフォードは顔を上げる。


「やぁ、クレアさん。こんなところで会うなんて奇遇だね」

「お隣、失礼しても」

「どうぞ」


 ベンチに腰掛け、クリフォードの横顔を一瞥する。恐ろしく整った顔立ちだが、表情はどこか曇っている。


「クリフォード様は……」

「あ、僕のことはクリフォードでいいよ。ジークと結婚したら、義理の妹になるわけだしね」

「――ッ……」


 彼が義理の兄になる未来は、卑劣な裏切りによって失ったのだ。改めて怒りが湧いてくるが、彼が悪いわけでもないため、グッと堪える。


「ならクリフォードと呼ぶわね」

「助かるよ。学友たちは僕への敬称を止めようとしないからね」

「次期国王だもの。並の貴族では腰が引けるでしょうしね」

「でも君は平気なんだね?」

「当然。私は並ではないもの」


 自らの才覚は理解している。それに筆頭公爵は王家といえども、不敬罪で簡単に処罰される身分ではない。引け目を感じる理由もなかった。


「それで、落ち込んでいたようだけど、何かあったの?」

「色々と辛いことが重なってね」

「ふ~ん、もしかして恋愛関係のトラブル?」

「なぜそれを⁉」

「やっぱりね」


 アンナはクリフォードの恋人だ。だが彼女はジークと浮気している。その事実を彼も知っているからこそ悩んでいるのだ。


「私もジークとアンナが手を繋いでいるのを目撃したの。きっとクリフォードもそのことで悩んでいるのでしょ?」

「まぁね。ただまだ浮気が確定したわけでもない。友人の可能性もあるからね」


 クリフォードは賢い男だ。理性では浮気されたと理解しているはずだ。だからこそクレアは、感情に訴えかけるようにジッと彼を見据える。


 すると彼は、悲しそうに眉尻を落とし、ギュッと拳を握りしめた。


「君を前にしては、隠し事できないようだね……そうさ、弟に恋人を奪われたんだ。それが辛くて落ち込んでいたのさ」

「辛いのは私も同じよ。なにせジークの婚約者だもの」

「僕らは二人共被害者というわけだ」


 クリフォードが皮肉を漏らすと、クレアの眉間に皺が寄る。白磁のように白い手もプルプルと震えていた。


「ねぇ、ジークは弟でしょ。あなたも男なんだから、ガツンと言えばいいでしょう」

「僕は争いごとが嫌いなんだ。それに人は文化的な生物だ。きっと話せば――」

「分かるはずないでしょ!」


 クリフォードの胸倉を掴んで、無理矢理、顔を向かせたクレアは、ギュッと鋭い視線で睨みつける。


「あのね、あなたは弟に舐められているのよ。分かっている?」

「そ、それは……でも……」

「でもじゃないわ。あなたは第一王子で次期国王。権威ある存在なの。それなのに恋人を寝取られた。尊敬され、恐れられている人なら、こんな真似されないわ!」

「…………」

「悔しくないの?」

「悔しいさ。でもやっぱり……僕は野蛮なことが嫌いだ」


 クリフォードは視線を逸らす。この性根は口で言っても治るものではない。クレアは胸倉を掴んでいた手を離し、天を仰ぐ。


「かぁー、駄目ね。こりゃ寝取られるわ」

「やっぱり僕って魅力がないかな?」

「顔は素敵よ。身長も高いし、次期国王でお金持ち。優良物件なのは認めるわ。でも人の価値は心よ。あなたでは、軟弱すぎて乙女心が刺激されないの。まだ私の方が男らしいくらいよ」


 さすがに次期国王相手に言い過ぎたかと恐る恐るクリフォードの様子を伺う。しかし彼は意外にも笑みを零す。


「確かに僕より君の方が強そうだね」

「あのね、そういうところが駄目なの。侮辱されたのだから、怒りなさいよ!」

「君は僕のことを想って伝えてくれたんだろ。感謝こそすれ、怒る理由なんてないよ」


 柔和な笑みを浮かべるクリフォード。毒気を抜かれ、クレアは小さく溜息を吐くことしかできなかった。


「まぁ、素直なのは美点ね」

「君に褒められるのは悪い気はしないね……それで、ジークに報復はするの?」

「乙女の純情を踏みにじったのよ。地獄を見せてやるわ」

「でもどうやって?」

「それが問題なのよ」


 クレアは手を繋いでいた証言までで、決定的な証拠を得られていないことを打ち明ける。男らしさはともかく、クリフォードは法学部の主席だ。良きアイデアを得られるかも知れないと期待したからでもある。


「手を繋いでいる目撃証言だけでは裁判に勝てないだろうね。友人だと主張されて終わるのが落ちさ」

「その言い訳が裁判でも通用するの?」


 子供ならともかく、大人なら知識も増える。コウノトリが子供を連れてくることはないと知っているように、仲睦まじげに手を繋いでいれば恋人関係にあることは誰の目からも明らかはずだ。


「友人だと主張しても、信じる者はほとんどいないだろうね」

「なら――」

「でも相手は王族。決定的な証拠もなしに断罪を下すのは難しい。きっと無罪に終わるよ」


 やはり決定的な証拠が必要なのだと知る。


「でもジークが浮気か……君のような素敵な婚約者がいるのに、愚かなことをするものだね」

「それほどアンナが魅力的なのかしら?」


 彼女の恋人であるクリフォードなら答えられる質問だ。しかし彼は首を横に振る。


「浮気をされていると知って理解したよ。僕はアンナを愛していなかった。ただ気兼ねなく話せる彼女を気に入っていただけなんだ。だから彼女が異性として魅力的かどうかは、僕には答えられないよ」


 落ち込んではいるものの、クリフォードは元気を取り戻していた。それは心から彼女を愛していなかった所以だ。


「むしろ僕からすればクレアの方が魅力的に映るくらいさ」

「当然よ。だって私だもの」

「凄い自信だね」

「鏡の前で毎日、私が可愛いことは確認済みだもの」

「ふふ、やはり面白い人だ」


 クスクスと彼は笑う。クレアは恥ずかしさから頬を赤らめ、無理矢理に話題を逸らす。


「それで、法律の専門家から見て、どうやったらジークの証拠を得られると思う」

「本人からの自白が確実だろうね」

「それはさすがに……ジークもそこまで馬鹿じゃないわよ」


 ジークは幼い人間性をしているが、浮気を認めれば、破滅するのは知っているはずだ。


「自白したがる状況を作れるかどうかが勝負の鍵だね」

「浮気を認めることでジークにメリットを生み出すことができればいいのよね……」


 クレアは頭を回転させ、罠に嵌める手段がないかを模索する。


 彼女はこの国の法律も、王家に嫁ぐ者として叩き込まれてきた。蓄積された知識の中に、解決への糸口があるはずだと思考を巡らせていると、一つの名案が想い浮かぶ。


「この方法なら……ジークを……」

「策を思いついたの?」

「私を敵に回したことを後悔させてやれる、とびっきりの作戦をね」


 クレアは不敵な笑みを浮かべる。ジークの破滅へのカウントダウンがとうとう始まったのであった。



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