第一章 ~『問い詰める、お嬢様』~
証拠集めのために調査を開始したクレア。彼女が真っ先にしたことは、ジークの親友であり、公爵家の次男でもあるケニスを問いただすことだった。
学園の校舎裏に呼び出されたケニスは不満げな態度だ。整った顔立ちも機嫌の悪さのせいで台無しになっている。
だが機嫌が悪いのはクレアも同じ。ケニスに恨みはないが、彼の髪色は偶然にもジークと同じ黒であるため、どうしてもジークを想起してしまう。苛立ちを強めるクレアに、さすがに只事ではないと気づいたのか、ケニスも態度を改めた。
「お、俺に何か用事でもあるのか?」
「私に隠していることがあるでしょう?」
「心当たりはないが……」
「ジークの浮気について、知っていることがあるはずよね?」
「ああ、その件か」
呼び出された理由に納得したのか、ケニスは緊張を解く。自分が責められるわけではないと知った安堵も大きく作用し、彼の口は軽くなった。
「アンナとのことだろ。仲良いよな」
「やっぱり知っていたのね!」
「でもただの友人らしいぜ」
「その話を信じたの?」
「ジーク本人がそう言っていたからな」
「チッ」
やはりジークを追い詰めても、友人だと言い逃れされてしまうと確信する。
(でも本気で追及を躱せると思っているのかしら……いや、違うわね……もし浮気を知られたとしても、私相手なら言い含められると舐めているのね)
「絶対に許さない……あの男だけは地獄に堕としてやるんだからッ」
「まぁまぁ、そう怒るなよ。アンナと友人の可能性も残っているんだからさ」
「根拠はジークの証言だけでしょ」
「いいや、もう一つある。アンナは第一王子のクリフォード様と恋人だそうだからな。さすがのジークも兄の恋人を奪うような真似はしないだろ」
「…………」
いいや、するに違いないと、クレアはケニスの楽観的な評価を心の中で否定する。
(ジークに兄を思いやる優しさがあるなら、そもそも私を傷つけてまで浮気なんてしないわよ)
倫理観が欠如しているからこそ、クレアの愛を踏みにじったのだ。むしろ疑いはより確信へと近づいた。
「王子二人を手玉に取るなんて、アンナはそれほどに魅力的なのかしら?」
「おう、良い子だぜ。家庭的だし。それに美人過ぎないのもポイント高いよなー」
「はぁ?」
美貌は宝石と同じだ。磨かれれば磨かれるほど魅力は増すはずだが、彼はそれを否定する。
「ほら、女性にもイケメンは無理って奴がいるだろ。あれと同じだ。男の中にも、ほどほどの美人が好きな奴もいるんだ。俺やジークみたいにな」
理解しがたいと天を仰ぎたくなるが、クレアはぐっと我慢する。こんな馬鹿げた理由で浮気に走られたのだとしたら、あまりに理不尽だ。
「他に聞きたいことはあるか。ないなら、そろそろ帰りたいんだが……」
「ないわ。でも忠告よ。私がジークの浮気を調べていることを、もし他の人に話したら、あなたも破滅させるから」
「おいおい、大袈裟だな」
「ふふ、私の恐ろしさを知らないの。同じ公爵家でも我が家は筆頭公爵。それにあなたは次男。クビを飛ばすくらい容易いわ。なんなら実践してみましょうか?」
「え、遠慮しておきます」
それだけ言い残すと、ケニスは去っていく。まだ決定的な証拠は得られていないが、それでもゴールへと近づいていることを、クレアは実感するのだった。