19話 龍神の湖
セイアとセイライが、私と水竜の部屋に一緒に来た。
「なんで、あいつのことを探しに行ったのよ」
セイアがベッドに腰掛けるときに、私にそう問いかけた。
「ラミハルのことよ」
私が答えなかったからか、セイアは付け足して言った。
「困っている人は放っておけないじゃない」
「ラミハルも、その両親も、私たち動物族に冷たかった。差別していたのに?」
「同じ人間だもの。私は、誰がさらわれても探しに行った」
セイアは、はあと大きなため息をついた。
セイライはクスクスと笑う。
「杏奈らしいね。私は、それでいいと思うよ」
「いつか痛い目を見ても知らないからね」
セイアはそう言った後、水竜を見つめた。
「あんたもついていくとは、思わなかったけど」
「危ないと思ったからよ」
「あんたらしくないじゃん」
「そう?」
「あんたも杏奈に感化されちゃった? セイライも変わったし」
セイアはセイライをチラリと見る。セイライは、顔を赤くして俯いた。
「私は……変わったのかな」
「変わったわよ。いいと思うけど、変わるのも」
「セイアがそう言うのも珍しいね」
「あんたが変われば、私も変わるわよ」
セイアは立ち上がった。
「さあ、私たちも部屋に戻ろ」
「うん。おやすみ、杏奈、水竜」
「おやすみ」
セイアとセイライは、部屋を出ていった。
「杏奈。明日の朝、ついてきてついてきてほしい所があるの」
水竜は、真剣な眼差しでこちらを見ていた。
「ついてきてほしい所?」
「そう。私がこの旅行に参加した理由……それは、明日教えるわ」
「気になるんだけど」
「さあ、今日はもう寝ましょう」
水竜はそう言って、布団に潜ってしまった。
私も仕方なく、ベッドへと横になった。
何かを考える間もなく、私は眠りへと落ちていった。
朝になり、朝食をとり、アキラと皐月と共に、水竜についていくことにした。街を出て、転移してきた森とは逆にある森へと向かった。道中はモンスターに会うことなく進めた。
「昨日言っていた旅行に参加した理由って何?」
前を歩く水竜に私は話しかけた。
「儀式のため」
「儀式?」
「火星にある湖で、龍神様に恩恵を受けにきたの」
「そうだったんだ。その湖がここに?」
「そう。私は龍の巫女になりたいの。そのためには、龍神様に会う必要があるの」
皐月はその言葉にうーんと唸った。
「そんな大事な場面に俺たちがいていいのか?」
「……大切なものを」
水竜は小さな声で呟いた。
「え?」
「恩恵を受けるには、大切なものを示す必要がある。私はそれをお守りにしていた水晶にしていたのだけど」
水竜はくるりとこちらを振り返った。
「あなたたちに決めた」
水竜は、いつも見せないような笑顔になった。
「私は、あなたたちを大切な友人だと思ったの」
「水竜……」
「アキラと皐月はおまけだけど」
「突然、失礼だな」
アキラがサラッと言った。それがなんだかおかしかったのか、私たちは笑った。
「私はあなたたちが種族を差別しないところが気に入ったのよ」
水竜はそう言って、再び歩き始めた。
歩いて数分もしないうちに、森が開けて、大きな湖が現れた。
透き通った湖を見ると、吸い込まれそうだった。
「儀式を始めるわ」
水竜はそう言って、服を脱ぎ始めた。
「お、おい!」
皐月は目を手で覆った。
なぜか、アキラは普通に見ている。
「男は一瞬だけ目を瞑ってて」
水竜はすでに下着姿になっていた。
「わかった」
アキラはスッと目を閉じた。皐月も目を閉じて、目を手で押さえる。
水竜は下の下着も脱ぎ始める。
脱ぐと、湖に足をつける。突然、足が変形したではないか! 魚の尾のような足になり、人間の足は消えてしまった。青い鱗が湖に透けて見える。
「もう目を開けていいわよ」
「え……ええ!」
皐月は、その光景を見て驚いていた。
「龍神族は、人魚の形態にもなれるの」
「水に濡れると変化するのか?」
アキラは魚の尾をまじまじと見た。
「いいえ。自分の意思で変化できるけれど、地上ではこの足だと動けないからね」
「すごい」
私は、驚きすぎて、大した感想を言えなかった。
「さあ、龍神様をお呼びするわ。あなたたちはそこにいて」
私たちは、少し後ろに下がり、水竜を見守った。
「龍神様、龍神様。私に力を。大切なものを守るための力を与えてください。ディスティニー・グロウス・リーナー」
水竜が言霊を唱えると、湖が青く光り輝いた。湖の中から、人の頭が出てくる。
すうっと上がってくる人の体。龍神族に似ているが形が違う耳をしている。耳なのか。菱形と三角を組み合わせたヒレのようなものだ。顎までの髪型かと思ったが、ゆらゆらと長い後ろ髪が見える。薄い水色の髪が湖に反射しってキラキラと光っている。
目を閉じていて、瞳の色はわからなかった。
「このお方が龍神様……」
龍神様はその声に応えるように、目を開けた。黄金の瞳が水竜を捕らえる。
「龍の娘」
龍神様は口を開き、凛とした声で、水竜のことだろう、彼女を呼ぶ。
「はい」
「なぜ、ここまで来た」
「力を得るために来ました」
水竜は頭を下げる。
「それは、なぜ?」
「私の大切なものを守るためです」
「大切なものとは?」
「彼女たちです」
水竜は顔をあげて、手で私たちを指した。
「友人です。友人の信念を守るために、私の信念を守るために、力が必要なんです」
龍神様は私たちを指差した。
「イヴ……アダム……ノエル……」
「えっ」
私は、龍神様の言葉に驚いた。アキラや皐月も同じだ。
ノエル? 初めて聞く名だ。今までは、イヴやアダムの名は聞いていたが。
「そうか……龍の娘よ。名は何と言う」
「水竜です」
「新たな名を授けよう。大いなる龍の力を」
「光栄です」
「ここに来るといい」
水竜は龍神様の近くに寄る。
龍神様が手をかざすと、水竜の体が青く光る。
「氷龍……これからは、そう名乗るといい」
「はい。ありがとうございます」
「力の使い方を間違えれば、必ず身を蝕むことになるだろう。気をつけて使うといい」
「はい」
龍神様は、最後に笑顔になり、湖の中に消えて行こうとした。
「待ってください!」
私は思わず、呼び止めてしまった。
「イヴ……何か?」
「私をイヴと呼ぶのはなぜですか。アダムって……それに、ノエル?」
「私から言うことは何もない。イヴであれば、いずれわかる」
「私は今知りたいんです」
「……ライダンスに気をつけろ」
「え? ライダンス?」
龍神様は、そう言って、消えてしまった。
「何よ……謎が増えたじゃない」
水竜……氷龍がこちらを振り向いた。
「杏奈。イヴって何のこと? 龍神様にそう呼ばれていたわよね」
「わからないの。色んな人から、イヴと呼ばれて混乱してる」
イヴに、アダム、ノエル、ライダンス。全部人の名前なのかしら。わからない事が増えてしまった。
……マーキュリーがビーナスとマーズに会ってみろって言っていたけど、ビーナスは何も教えてくれなかったし、マーズに会えば何かわかるのかな。マーズがこの星にいて、近くにいればいいのだけれど。
氷龍は着替え、私たちは瞬間移動魔法のお披露目会に行くために、街へと帰ることにした。