18話 佐乃
再び目を開けると、目の前に鉄格子があった。
地面は石畳で、周りはコンクリートかな。
「お前……!」
声がして、振り向くと、ラミハルがいた。
「ラミハル! ここにいたのね」
私は、立ち上がり、ラミハルに駆け寄った。
「どうやって、ここに?」
「赤い光るものがあって、触れたら、来たの。ラミハルも?」
「うん……ここ、どこなんだろう」
周りを見渡しても、鉄格子と壁、反対側の鉄格子しか見えない。
反対側の鉄格子の先は暗く、何かがいてもわからないだろう。
その時、コツコツと歩く音が聞こえた。
「やあ、お嬢さん、お坊ちゃん。いらっしゃい」
目をかっと開いた三白眼の男と、ボブヘアーの女性がやってきた。
「誰?」
「僕を知らないだと! なんてことだ! 宇治原、説明を」
宇治原を呼ばれた女性が一歩踏み出して私たちを見た。
「こちらは、佐乃博士。炎の国の研究機関の研究職員です。私は助手の宇治原」
「説明不足だよ。宇治原。天才博士だ」
「何なの……」
佐乃は、笑い声を上げた。
「君たちみたいな下等な人間にはわからないだろう。僕の素晴らしさが! ライティング」
そう言って、手から光を出した。
「なっ……!」
光に照らされると、反対側の鉄格子の先が見えた。
青なのか緑なのかわからない色をしたぐちゃぐちゃの生き物のようなモノが動いてる。ブクブクと泡が噴き出ている。
「まあ、これは失敗作なのだがね」
先ほどから、変な匂いがしたが、これから発せられているのか?
「君たちにも実験に付き合ってもらいたい。ちょうど良く動物族と……魔族か?」
「魔族だけど、なんで魔法が使えるんだ。ここにいると魔力が練れない」
「その牢屋には魔法を制限するアンチマジックをかけてある。その程度もわからないのか……」
佐乃は呆れたように呟いた。
「まあ、いい。僕は、今、動物族と魔族のハーフが欲しかったんだよ」
そう言い、牢屋の鍵を開ける。
「おっと。抵抗するなよ。すぐに魔法で焼き殺してもいいんだ。消し炭になっても利用価値はあるからね」
佐乃はポケットから注射器を取り出した。
「何する気?」
私はラミハルの前に立ち、佐乃から距離を取ろうと、ラミハルと一緒に後退する。
「痛くはないさ。少しチクッとするだけだ」
佐乃は、私の腕を掴み、横に突き飛ばした。
「いたっ……ラミハル!」
佐乃はラミハルの体に触れ、注射をしようとした。
「や、やめろ」
ラミハルは怯えて、震えている。
私は腕を擦りむいていたが、素早く立ち上がり、佐乃を押し倒した。
「何をするっ! 邪魔をするな! 下等生物があ!」
「ラミハル! 逃げて」
ラミハルは震えながらも、頷いた。
「宇治原! 逃すなよ!」
「は、はい」
ラミハルは宇治原に手を絡め取られる。
「くそっ離せ!」
ラミハルは抵抗するが、大人には力では勝てない。
佐乃はそれを見て、にっこりと笑い、私の首を掴む。
「良くやった。宇治原」
「ラミハル……を、離して」
「自分の方より他人の心配か。下等生物がすることだな」
佐乃は私に対して馬乗りになり、首をさらに締め上げる。
「うっ……」
息ができない。酸素を求めて、呼吸をしようとするが、上手くできない。
「お前からにするか。すぐ楽になる」
佐乃はそう言って、別の注射器を取り出して、私の腕につける。
刺されると思った時、扉が勢いよく開くような音がした。数人の足音が聞こえる。
「佐乃! この場所はなんだ!」
そう叫ぶ見知らぬ男と、アキラたちだ!
「杏奈!」
「姉さん!」
望も一緒にいた。
「ナリオ……。なんでここに」
「お前の研究室に隠し部屋があるのに気づいたんだよ」
見知らぬ男……ナリオと呼ばれたか、ナリオは佐乃に掴みかかる。私は解放され、息を大きく吸った。
アキラたちが私を支える。
望は宇治原を拘束し、水竜がラミハルを宇治原から引き離した。
「明日は瞬間移動魔法のお披露目会じゃあないか。こんな所にいていいのか?」
「そんな事よりこれはなんだ。お前も瞬間移動魔法を使えるのか?」
「僕は……僕はお前より先に瞬間移動魔法を発明していた! なのに、教授は、僕を無視した! なんでだ!」
「佐乃……お前は何をしていたんだ。もう一度聞く、これはなんだ」
「瞬間移動魔法より偉大な発明だよ」
「佐乃?」
「ひひひっ。あーっはっはっは!」
佐乃は笑い、涙を流した。
「僕は、僕は、偉大なんだ! お前よりな……」
「望さん!」
その時、警備兵が数人、部屋に入ってきた。
「佐乃博士を拘束しろ」
そう言われて、佐乃は警備兵に拘束された。
佐乃は、ナリオたちが入ってきてから、抵抗を全くしていなかった。佐乃と宇治原は警備兵たちに連れて行かれた。
「これは」
ナリオは私とラミハルが入っていた牢屋の反対側の牢屋を見つめた。
さっきのぐちょぐちょの生き物が、ずるずると床を這う。
「アキラ、ごめん」
私は頭を下げて、謝った。
「約束を破ったよな」
「うん。ごめん」
「俺たちは……俺はすごく心配した。結局、危ないことになった」
「ごめん。私、軽率だった」
「わかればいいよ。無事で良かった」
アキラは私を抱き寄せた。
いつもなら、やめてって言いたいところだけど、今は反省してそれを受け入れることにした。
「そういえば、どうしてここが?」
「水竜が杏奈の消えたのを見て、瞬間移動魔法だと気づいたんだ」
皐月が答えた。アキラは私を離した。
「それで、今回の瞬間移動魔法の発明者のナリオ・アクスマンが怪しいんじゃないかって、研究所に来たんだ」
「ナリオって、あの人よね」
ナリオは呼ばれたのに気づき、こちらに歩み寄った。
「ああ、こんばんは。無事で良かったよ。私は、それを聞いて、佐乃が何かしたんじゃないかと疑ってね。案の定ってわけだね」
「そうだったのですね。ありがとうございます」
「それは、君のお友だちに言った方がいいよ」
「あ、はい。アキラ、皐月、水竜、望。ありがとう」
「杏奈が無事で良かった」
「姉さんはすぐ巻き込まれるよな」
「ラミハルが見つかって良かったわね」
「ユイリンも心配してたよ」
四人は口々に言った。
「杏奈……」
ラミハルが私に近づいてきた。
「ラミハル。怪我はない?」
「ううん。杏奈、俺……」
「何?」
「今まで、ごめん。助けてくれて、ありがとう」
「私は大したことしてないよ。助けてくれたのは、アキラたち」
「そんなことない。杏奈がいなかったら、俺どうなっていたかわからない」
「ラミハルが無事で良かったよ」
ラミハルは、こくんと頷いた。
私たちは、望とナリオを残して、宿屋に帰ることにした。
宿屋に帰ると、クヌードさんと護衛の人たちはとても怒っていた。心配してくれたようだ。
ラミハルの両親は喜び、お礼を言われ、今までのことを謝られた。
「杏奈! 怪我はない? 大丈夫?」
セイライやセイアも心配していたのか、一階のロビーにいた。
セイアは無茶するからよって怒っている。
「大丈夫! 心配してくれて、ありがとう」
「心配してないわよ。怒ってるの!」
「ごめんって。セイア」
セイアは、ふんと鼻を鳴らして、そっぽを向いた。
私たちはクヌードさんたちにコッテリ怒られた後、部屋へと帰された。