14話 魚釣り
アキラと手を繋いで宿屋まで帰ってきたら、宿屋の入口に皐月がいた。
皐月は足早に私たちのところまで来て、繋いでいる手にチョップを食らわした。私たちの手は離れて、皐月は私を引っ張って行く。
「ちょっと、皐月。痛い」
「アイツと2人きりになるな」
「前も2人で出かけたわよ」
皐月はそれに返答せず、手を引いたまま宿屋へと歩いていく。
後ろを振り向くと、アキラは腕を頭の後ろに回して、ゆっくりと私たちの後ろを歩いていた。さっきからだが、とても嬉しそうに笑っている。
私が泊まる部屋の前に行くと、皐月が私の肩を強くにぎった。
「皐月、痛いよ」
「それで?」
「それでって?」
「どう答えたんだよ。あいつに告白されたんだろ」
「え! なんで知ってるのよ」
私はアキラに言われた言葉を思い出したからか、顔が熱くなるのがわかった。
「……姉さん」
「な、何も言わなかった」
「は?」
「あいつ、死ぬかもしれないとか言うから、怒ってやったの! それだけ!」
皐月は、手を離し、口元に手を当てた。
「皐月?」
「は」
「は?」
「あはは! 姉さん、バカじゃないの」
皐月は腹を抱えて笑う。
「そんなに笑うことないじゃないのよ」
「普通は返事するだろ」
「アキラが変なこと言うからよ」
皐月は笑うのをやめて、大笑いしたためか、出てきた涙を拭った。
「この後も返事する気ないんだろ。姉さんのことだし」
「教えない!」
「なんでだよ」
「皐月が笑うからよ!」
「あはは」
皐月はまた笑い出したので、私は怒って部屋に戻った。部屋に入る瞬間に、姉さんまた後でと言われたが、無視した。
部屋の中に入ると、セイライとセイア、水竜がいた。セイライとセイアはベッドに腰かけ、水竜は寝転がっていた。
「笑い声が聞こえたけど、どうしたのよ」
「皐月が私を笑っただけ」
「なんで?」
「知らない!」
私はイライラして、ベッドに思い切り腰掛けた。セイアは、ため息をついて、やれやれと首を横に振った。
「あ、杏奈……。次は魚釣りだね」
「そうだね。川釣りはやったことあるけど。セイライは?」
「わ、私……私は初めて」
「そうなんだ!釣れるといいよね」
「うん」
私たちは、談笑しながら魚釣りの時間まで過ごした。水竜は、寝ていたけど。
魚釣りの時間になり、私たちは海に行った。もちろんアキラと皐月も。私は2人と一緒にいるのがなんとなく嫌で、セイライとセイアの近くにいた。
魚釣りの会場には、穴の空いたドーナツを縦にしたような大きな水槽が置いてあった。水槽は黒い台の上に乗っており、私の背の二倍はあった。水槽の中には、大きさの違う黄色の魚がたくさん泳いでいた。
「この魚は黄金魚といい、空気に触れると黄金に輝く魚もいます。それは、とても珍しくて、とても美味しい魚になっています。ぜひ、釣り上げてみてください」
係員さんに言われて、私たちはいくつかのグループに分かれて、水槽に釣り糸を垂らした。垂らしたというより、釣り糸がドーナツ型の水槽の中に浮かんでいる。私は、セイライとセイアの3人で同じ水槽を囲んだ。
「皐月たちの方に行かなくていいの?」
「なんか気まずい」
「何かあったんだ」
セイアがニヤつきながら私を見た。勘繰られてるのかな。
セイライは心配そうに見てくるけど。
「喧嘩したの?」
「そうじゃないけど……」
セイライは首を傾げた。
私はちらりとアキラたちの方を見た。アキラと皐月は水竜と一緒に釣りをしている。少し声が聞こえた。
「杏奈はなんであっちにいるの?」
「照れてるのかな」
アキラの言葉に皐月の笑い声が聞こえた。
「お前、避けられてるな。嫌がられてるんじゃないのか」
「違うな。照れてるだけだ」
「随分な自信だな」
「何のことかはわからないけど、喧嘩じゃなさそうで良かったわ。あなたたちに喧嘩なんて似合わないもの」
その会話を聞いて、何だか面白くなくて、私は釣りに集中することにした。
その後、何匹かは釣れるが、黄金の魚は釣れない。
「杏奈は魚釣りが上手なのね」
セイライが自分のバケツを見ながら呟いた。セイライのバケツを覗くと小さい魚が一匹だけ泳いでいた。
「村でよく釣っていたからね」
「そうなんだ。村は川が近かったの?」
「うん。森も近くて、狩りにも行ってたわよ」
「へー。杏奈はすごいね。色々できて」
「そんなことないわよ」
そう。そんなことはないのだ。
私は守られてばかりで、アキラが死にそうになった時も何もできなかった。もう誰かが死ぬのは嫌だ。私も強くなりたい。アキラや皐月を守れるようになりたい。
「杏奈?」
「あ、ごめん。ちょっと考え事しちゃった」
「らしくないわね」
「セイアの中の私ってどうなってるの」
「頭お花畑」
「ひどい! 私だって考え事くらいするわよ」
セイライとセイアはその言葉で楽しそうに笑った。もう、二人して私のことをからっかって……。
その時、私の釣竿が大きく引っ張られた。驚いたが、冷静に魚を疲れさせて、引き上げた。
すると、魚は黄色から黄金に光り輝いた。
「すごい! これがレアの」
「杏奈、すごい!」
「豪運ね」
騒いだからなのか、アキラたちがこっちに来ていた。
「杏奈、すごいじゃないか!」
「さすが、姉さん。運だけはいいよな」
「これが黄金の魚。すごいわね、杏奈」
三人とも口々に私を褒めた。
「皐月は一言多い」
私は魚を手に取り、アキラの方に持っていった。
「あげる。とれた魚は今日の夕飯になるんでしょ。あんたにあげる」
「杏奈が釣ったんだろ」
「いいから! 魚逃げちゃうから早く受け取る!」
アキラは渋々受け取ってくれた。
「ありがとう。杏奈」
「別に。気まぐれよ」
「俺、魚料理が好きなんだ。嬉しいよ」
「ふーん」
私は何だか嬉しかったが、ここでニヤけるのが嫌で、口元が笑わないように必死で真顔を取り繕った。
「姉さんが食べ物を人にやるなんて珍しいこともあるな」
「皐月、うるさい」