第97話 馴染みの客
潮風が町に時折吹いてくる夏の夕方、竜次たちは与一の案内で、結の町の中央部に向かってまっすぐ歩いていた。目的地にたどり着くまで軽い散歩程度歩いただろうか、砦でお茶を飲んで一息ついた後の運動としては丁度よい距離であった。
「これは、武具屋ですね。品揃えが連理の都とちょっと違いますね」
「あやめはやはり目ざといな。あなた方をここに案内した理由はそこにあるんだ」
与一が竜次たちに見せたかったのは、この武具屋らしい。なるほど、あやめが言うように、都のそれより甲冑装備の品揃えが豊富で、戦闘に役立ちそうな細工が施されている物も中にはある。まだはっきりと、与一はどういう者に会わせたいかを言わないが、竜次は数々の甲冑装備が店先に並べられているのを眺め、なにやらピンと勘付いたようで、その目を輝かせ始めていた。
「俺にはわかりましたよ、与一さん! 早く店に入ってみましょう!」
「はっはっはっ! いい顔を見せてくれる。大方気づいたようだな。じゃあ、まず入ってみるか」
竜次が予想通りの表情を早くも見せているので、与一はとても嬉しそうだ。この武具屋は広く、百貨店のショーウィンドウのように、ガラス張りの部分から各種の武具を見ることができ、入り口は引き戸になっている。与一はその扉を引いて開けると、
「与一だ、久しぶりに来たぞ。店主はいるかい?」
と、店に馴染みの客らしく、気軽に呼びかけた。その声に応じて、店の奥から落ち着いた様子で現れたのは、2人の男である。一方は壮年で、やや痩身の柔らかい目をした男、もう一方は、精悍な顔で職人風の格好をした青年であった。
「お久しぶりでしたな、与一様。よくいらっしゃいました。先の合戦では、お勤めご苦労様でした。私ども一同、命を拾いました」
「うむ。非常に手強いオーガたちだったが、何とか結の町を守れて良かった。まあ、私も戦で働くには働いたが、当然、私だけではどうにもならなかったわけでな」
見た目通り、壮年の男がこの立派な武具屋の店主らしく、付き合いが深い与一に、町を守ってくれた礼を丁重に示した。与一はそれを受け、謙遜ではなく本心からの言葉を、安堵のため息混じりにつなげているわけだが、
「こちらは咲夜様。言うまでもないが、縁の国の姫様である。我らの危地に、援軍として来てくださったのだ。そして彼ら彼女らも、連理の都から駆けつけてくれた、勇敢な将だ。この方々の助けがなければ、あの大軍勢にとても勝てなかっただろう」
言葉を続け、咲夜と竜次たちを、店主と職人風の青年に、結ケ原の合戦での大活躍を絡めて紹介した。