第92話 朴訥な男
赤珊瑚の髪飾りを2つ手に取った若店主は、ほんの少しの間、竜次の人となりを見定めていたようだが、すぐ納得がいったようで笑顔になり、
「兄さん、粋だねえ! 気に入ったよ。よし、2つで300カンに負けてあげよう」
「けっこう値引いてくれたな。いいのかい?」
「いいさ。そこの凄いべっぴんさんたちに、飾りを挿してあげたらいいよ」
いい客が来てくれたという風で、満足そうな様子だ。竜次から100カン銀貨3枚を受け取ると、何の嫌味もない声で、この豪快な美丈夫の心意気に応え、赤珊瑚の髪飾りを2つ手渡した。
「咲夜姫、髪飾りを挿してあげよう」
「竜次さん……ありがとうございます」
竜次は、色恋沙汰には朴訥な男である。「きっと似合う」とか「可愛らしい」とか、女に向けて気の利いたことが言える性質を持ち合わせていない。ただ、赤珊瑚が銀髪姫の美しさをあまりにも際立たせたため、
「これはいいな」
と、一言だけ本心からの想いが、口から自然と出てきた。それが、咲夜にはとても嬉しく、少し頬を赤らめてはにかんでいる。
「仙さんも、髪飾りを挿してあげよう。そうだな、その帽子に挿していいかい?」
「いいよ。色合わせが良いし、どんな感じになるか楽しみだね」
今日の仙は、青色のつば広帽子を被っていた。狐耳を隠し、無用ないざこざを避けるためではあるが、赤珊瑚を挿してみると、確かに青の下地にコーラルレッドがアクセントとして良く映え、仙が持つ大人の女としての美しさが、更に増して見える。竜次はこれにも思わず、
「うん、凄くいいよ」
と、心からの感想を、一言だけ口から出した。何百年かぶりに、好きになった男から容姿を褒められた仙は、年甲斐もなく非常に嬉しかったようで、
「そうかい……ありがとう」
大霊獣らしからず目を潤ませかけ、思わず嬉し涙を流すところであった。
所変わって、竜次、咲夜、仙が装飾品店にいる間、守綱とあやめはどこにいたかというと、
「うまそうな、良い匂いがするのう」
「お腹が空いちゃいますね。色んな干物が並んでる」
様々な魚の干物や海藻の佃煮などを売っている、乾物屋に立ち寄っていた。いま丁度、ハチマキを頭に巻いた威勢のいい店主が、鯵の干物を七輪で焼き、匂いと声で客を呼び込んでいる。守綱とあやめは、それに釣られた形だ。
あやめは、グウの音も出ないほどの美少女であるのだが、忍びとして育ってきたからか、自分を着飾る服や装飾品といった物に、あまり興味がない。どちらかと言えば、今、目の前にある魚の干物のような、食べ物に惹かれるようだが、そうした彼女にも心の内に想い人がおり、それもあって乾物屋の店先に来たようだ。