第90話 本来の姿
宿の主人は、結の町を救った英雄である竜次たちに、この晩も素晴らしいご馳走を惜しげもなく振る舞ってくれた。咲夜は店主に申し訳ないと思い、100カン銀貨を払おうとしたのだが、どうしても受け取ってくれない。
「あなた方を気に入ってこうしているのだから、代金のことは考えないで欲しい」
ということだそうだ。なかなかこの宿の主人は、人を見てこれぞと思うと惚れ込みやすい性質なのだろう。合戦が終わり、国鎮めの銀杯を探す旅はまだまだ続くが、結の町に再び立ち寄った時、
(また世話になりそうだ)
熱く話す店主の顔を見ながら、竜次はそんな予感を覚えている。
竜次たち一行は、この夜も月明かりが優しく差す涼しい部屋で、ぐっすり眠ることができ、良い朝を迎えた。
「またいらっしゃってください。きっとですよ」
特に何事もなければ、今日、この町でもう一泊することはない。店主の名残惜しそうな見送りを受け、竜次たちは宿を後にし、結の町見物に向かった。観光を楽しみ、時間を使っている間に、与一が、撃退したオーガ軍に関する調査を進めてくれるはずだ。昨日、与一の配下である使いの兵から伝達を受けた通り、ゆるりと見物した後、結の町の砦に向かえばいい。
昨日は閑散としていたが、今朝の港はかなり活気が戻ってきている。合戦の後始末が、皆、一段落したのだろう。港まで続く大通りの両脇に立ち並ぶ店も、ほぼ営業を再開しており、人通りの多さも、昨日とは比較にならないくらい賑やかだ。与一が見せたかった結の町は、これだったのだ。
「こりゃあいいな。連理の都も面白いところだが、また違った賑わいがある。これが本当の結の町か~」
「ふーむ。こんな良い町だったのじゃな。この町に来る主命がなく、あまりよく知らぬ町だったのじゃが、一度も来ていなかったのは、もったいなかったのう」
竜次と守綱の上司と部下コンビは、人波に紛れそうになりながら、物珍しそうな目でキョロキョロと辺りを見回している。咲夜、仙、あやめ、3人の女性陣は、少年のような好奇心で喜ぶ彼らを見て、
(しょうがないわね、男の人って)
と、少々呆れ気味だが、彼女たちも活気に満ちてきた結の町を眺め、ワクワクしないはずはない。本来の姿を取り戻しつつある繁華街。その一角で咲夜は、ある興味深い店を見つけ、軒先まで歩いて行く。
「やあ、いらっしゃい。好きなのを見て行ってよ」
薄緑色の着流し姿の青年が迎えてくれた店先には、髪飾りや小物入れなど、洒落た装飾品が数多く綺羅びやかに並べられていた。