第89話 想われている男
竜次の静かな寝息と、風鈴の音色が時折聞こえる畳敷きの一室で、咲夜と仙は、お互いの心を推し量るように、穏やかな目で向かい合っていた。そうでありながら咲夜の目には、決して譲らないという強さが表れている。
(これは本物だね)
咲夜が竜次を好いているのは始めから分かっていた。しかし、ここまで乙女の情熱を持って、無垢な寝顔で畳に転がっているこの男を想っているとは、仙はその心を直接聞いてみるまで、考えてもいなかった。好きな男に向けた己の想いを打ち明けてくれた咲夜に対し、仙が口を開きかけたところで、
「ふわぁあああ~! よく寝たな。ん? お二方、こんなところで何をしてるんだい?」
と、心地よい昼寝から、竜次がちょうど目覚めてしまった。慌てて取り繕う咲夜と仙を見て、何も知らずに休んでいた竜次は、きょとんとしている。
「いえ、何でもないんです! そうだ、大事なことを伝えに来たんですよ。与一から先程、使いの兵が来ました。金熊童子が率いて来たオーガ軍が仁王島から船を使ったかどうか、調査するため1日時間がかかるそうです。明日、ゆるりと結の町を見物し直してから、砦に来て欲しい、ということです」
「なるほど、ゆるりとですね」
想いの丈を恋敵である仙に打ち明けた後、想い人の竜次がむくりと起きてきたわけである。咲夜の慌てふためいた様子は普通でなかったが、竜次はさして気にも留めず、早口で銀髪姫が伝えた重要事項を頭に入れて、何やら考えている。
「じゃあ今日は、宿でずっとのんびりしてればいいんでしょう。明日の朝、みんなでまた観光に出ましょう。急ぐことじゃない」
体を思い切り伸ばしながら、竜次はまた畳にゴロンと寝転がろうとしたが、思い出したように咲夜に近づき、三日月目の可愛らしく整った顔を覗き込んでいる。銀髪姫はさっきのこともあり、薄く頬を赤らめドギマギしながら、
「ど、どうしたんですか、竜次さん?」
と、恥ずかしさや妙な期待がないまぜになった表情で、竜次に問い掛けた。嫌なら離れればいいだけなのだが、そうではないわけだ。
「顔色が良くなりましたね。よかったよかった」
それだけ確認した後、竜次はそっけなく咲夜から離れ、また大の字に寝転がり昼寝の続きをし始めた。変な期待を持たされた銀髪姫は、竜次を叩いてやりたいような気分になったが、ぐっと堪え、畳敷きの部屋を後にしている。
(私にはしないのかい、この男は!)
好きな男に心配されず、気にかけられなかった仙は、咲夜の層倍面白くない。