第88話 恋敵の邂逅
風鈴の涼し気な音色が、夏風に奏でられ聞こえてくる。竜次たちは宿で昼食を取った後、思い思いに体を休めていた。竜次などは畳敷きの部屋の中央で、大の字になってよく昼寝をしている。時折、部屋に優しく響く、風鈴の風情がある音色も、彼の休息の助けになっているらしく、深く眠っていて簡単に起きそうにはないほどだ。
(ふふっ、昔を思い出すねえ)
仙は、竜次の眠りをすぐ傍で見守りながら、なんとなく幸せそうな笑顔を見せている。何百年も前に、妖狐山の庵で一緒に住んでいた、男のことを思い出したのだろう。またこういう風に、人間の男を好きになり、愛情を向けることができるようになるとは、仙にとって望外の幸せであり、自分を迎え入れてくれた咲夜に、感謝しても感謝しきれないくらいであった。
(昨日の合戦で戦ったくらいじゃ、全然返せない恩を受けちまったね。というより、もうこの恩は返せないだろうね)
年に似合わぬあどけない顔で、ぐっすり眠っている竜次の傍に座り、仙は白く細い指で、彼の頭を柔らかく撫で始めた。仙は幸福そうに微笑みながら、豪快で真正直な生き方をするこのいい男に向けた、
(もう離れたくないね)
そんな偽れない自分の想いを、自身の心全体で受けとめ、竜次の顔をずっと見つめ続けている。
「でも、竜次を取ったら咲夜ちゃん怒るだろうねえ。困っちゃったね」
仙が独り言をつぶやきながら、軽いジレンマに悩んでいると、噂をすれば影というやつで、別室で休んでいた咲夜が突然入ってきた。
「あっ! また竜次さんを! 駄目です駄目です!」
咲夜は畳敷きの部屋に入ってくるなり、仙を竜次から引き離しにかかった。仙の主人は咲夜ということになっているので、ここはおとなしく従う他ない。
「ごめんごめん咲夜ちゃん。竜次の寝顔があんまりかわいかったもんでね」
「分からないでもな……いやいや! とにかく駄目です! メッ!」
ふくれっ面の頬を赤くした咲夜はとても可愛らしく愛嬌があり、仙は思わずクスクスと笑ってしまった。笑いを収めた後、丁度よい機会と思い、
「咲夜ちゃん、竜次のことが好きなんだろう? 私には分かるよ」
と、とっくに気づいていることを、咲夜にしっかりと確認してみた。
「えっ! それは……」
竜次が起きる気配がないのを横目でちらっと見た後、銀髪の姫は三日月目を仙に向け、
「はい。私は竜次さんのことが好きです。男の方として」
偽りない自分の心の内を、恋敵である仙に打ち明けた。仙は優しく柔らかい表情ながら、咲夜のその心を、真剣に受けとめている。