第87話 仙の捉え方
結の町を隅から隅まで知っている与一に、案内の手伝いを頼んだ咲夜だったが、非常に重要な案件が出来たため、彼は走って砦に向かい、その姿は既に小さくなってしまった。多少、考えていた計画が外れてしまい、咲夜は竜次たち皆と一緒に、何となく港と静かな海の風景を眺め続けていた。こうして、日がな一日過ごすのも悪くないが、一行の中には昨日の合戦で、疲労がまだ抜けきれていない者もおり、皆の主人である咲夜自身もそうであった。
「与一が行ってしまいましたし、もうしばらく海を眺めて、今日は宿に戻りましょうか」
「それがいいね。咲夜ちゃん、見るとあんまり元気がないから疲れてるんだろう。もう少しゆっくりした方がいいよ」
長年こもっていた妖狐山から久しぶりに出てきた仙は、海が珍しいのか、今までほとんど喋らずじっと凪の静かな港湾を見つめ続けていたのだが、咲夜の疲労の抜け方がまだ芳しくないのには、最初から気づいていたようだ。仙はそれとなく咲夜を気遣い、彼女の額に手を当て、熱が出ていないか無理をしていないか、体調を看ている。
「ありがとうございます、仙さん。大丈夫ですよ、熱は出ていません。仙さんは海を見るのが久しぶりですよね。潮の静かな音が心地よいですね」
「そうだね、それも久しぶりだから聞いてたんだけど……」
仙は咲夜に向けた優しい顔をさして変えず、仁王島の方を向き、
「あの島からは、確かに鬼の臭いがするね。ここまで漂ってくる」
と、大霊獣が持つ、あやかしを嗅ぎ分ける確かな嗅覚で、そうつぶやいた。
町の人々が大戦の後始末でせわしなく動いている中、竜次たち一行は宿に戻ってきた。結の町の救い主である彼らを再び迎え入れ、宿の主人は当然また大歓迎である。しかし、建物などに直接の被害がなかったとはいえ、合戦の爪痕が残る結の町に対して、ゆっくり宿で休もうとしている自分たちの行動に、竜次たちは何とない申し訳なさを感じている。それとなくそういう話を宿の主人にしたのだが、
「とんでもないことです。考えすぎです。何も気にせず休んで、疲れをしっかり取って下さい。むしろそうして頂かないと困ります」
と、咎められるという表現は大げさだが、若干強めに指摘されてしまった。店主は人生経験を重ねた初老の男である。咲夜を含めた将たちは、強いとはいえ、この宿の店主のような悟りは、まだ誰も持っていない。そうした人生の捉え方といったものを身につけるのには、これから長い時間が、それぞれかかるだろう。
もっとも、幾星霜を生きてきたか分からぬ九尾の狐、仙は例外だが。
(かわいいもんだね、みんな)
幼子を見守るような、そんな微笑みで、仙は竜次たちを眺めている。