第86話 仁王島
「船ではないかな? 思い当たることがある」
与一はおかげで喉の奥に引っかかっていた魚の小骨が取れた、というようなスッキリとした顔を竜次に向け、そう答えている。
「船? 鬼が船を使って来たと?」
「うん。あの金熊童子の妖力と知性なら、それも可能だろう。それに、大戦で忘れていたが、証拠となる報告があってな。私が指をさす方向を、みんな見て欲しい」
与一は右腕をまっすぐ伸ばし、人差し指で海上のある場所を指し示した。そこには集落を作って人が住めそうなくらいの、中規模な大きさの島が存在している。その島の形状は楕円に近く、中央には小高い丘があり、地が盛り上がっているようだ。全体的に森林で覆われている部分が多いことも、かなり遠目になるが、確認できる。
「あれは仁王島と言ってな、オーガの大軍勢が結の町に攻めてくる前、島から船が多数出てきていると、ある漁師から報告があった。日が落ち、夜になっていたのもあり、その事実確認が難しかったのだが、竜次殿の疑問のおかげで、頭の中にあった点が、線でつながったよ」
「仁王島、いわくがありそうな名の島でござるなあ。ところで与一殿、その仁王島には人がいるのでござるか?」
守綱の問い掛けに、与一は横に首をゆっくり振り、こう答えた。
「おらぬ、無人島なのだ。だから人がいない島から、多数の船が出るだろうかと、若干疑いを持ち、漁師からの報告を幾らか軽く捉えてしまった。結ヶ原の遠方でオーガの軍勢を発見し、何とか町を守れたから良かったものの、私の失態と言えるだろう。この推論が正しいとするならば、もっと早く、オーガ軍を見つけ出せていたはずだ」
与一は昌幸から、結の町の統治を任されている。その責任感からか、自分の失態が許せず、拳を握りしめ、少しのあいだ歯噛みをした。しかしながら、彼の切り替えは早く、また、失敗した結果はそれまでの話であり、前を向いて次なる行動に最善を尽くすしかないことも、重々悟っている。
「いずれにせよ金熊童子率いる鬼たちが、仁王島から船を使ったのか否か、事実確認をしなければならない。申し訳ありませぬ、咲夜様。急ぎの仕事が出来ました。私は町の砦に戻り、結の町を攻めたオーガ軍に関する、調査指示を行おうと思います。お許しください」
深々と頭を下げている与一を、咲夜は柔らかく白い手で制し、
「よいのですよ、与一。あなたの誠実さはよく分かっています。私たちのことは気にせず、砦に戻りなさい。町を案内してくれてありがとう」
と、縁の国の姫として、町の統治者である彼に感謝を示し、努めて気持ちよく、砦に送り出した。




