第74話 与一
荷馬車の中で時折ガタガタと揺られながらも、竜次はいつの間にか眠りについていた。平軍に追いついたのは、丁度、昼の炊ぎ時であったが、熟睡を取れていたようで、もう夕刻を回っている。
「起きたか、竜次。腹が減っておろう。これを食うておけ」
荷駄隊の同じ馬車に乗り、守綱も休息を取っていたのを、多少寝ぼけた目で見て、竜次は思い出したようだ。疲労困憊だった体は、睡眠により回復してきている。あとは守綱が軽く指し示している、笹の葉に包まれたかしわ結びを食べれば、滋養が体に行き渡り、戦える体力が戻るだろう。笹の葉を開き、手に取った握り飯は、まだ温かく香ばしく、一口食べると、
「これはうまい!」
思わず反射的に言葉が出るほど、鶏肉や飯に出汁がよく染み込んでおり、格別な味であった。
「ふふふっ、うまかろう。そのかしわ結びは、平家に代々伝わる戦場飯じゃ。それが喉をすんなり通るということは、竜次、お前は戦で腹をくくって働ける」
「確かにそうなんでしょう。力が湧いてきた気がします。それに……」
「それに? なんじゃ?」
荷馬車の簡素な幌には、小さな窓が付いており、落ちてきた夕日がそこから差し込み、引き締まった男振りの竜次を照らしている。
「何か懐かしい味がしました」
頼もしくも、少しだけ寂しく笑う、壮年の美丈夫の姿がそこにあった。
結の町は、縁の国で連理の都の次に栄えている重要拠点である。臨海都市でもあり、船舶を使った交易の要衝にもなっている。言わば、連理の都が人間の体に例えると頭脳で、結の町は喉元と比喩できる。ここを破壊されれば、頭脳が体から切り離されることになる。
「守らねばな」
オーガの大軍勢を迎え撃つ、結の町の総司令官である与一は、冷静沈着に防壁の上で戦況を注視しつつ、そうつぶやいた。
臨海都市を守るということは、背水の陣で戦う場合があるということだが、今が正に、その状況と言える。町の目の前に広がる平野、結ヶ原で、守備兵が今、応戦してはいる。しかし、多勢に無勢。膂力を持つオーガの軍勢は、100近く平野に展開し、応ずる町の守備兵は戦力が足りず、少しずつ押されつつあった。
(一体のオーガには、10人の兵で戦わねばならぬ。皆、力の限り応戦しておるが、このままでは)
カッと温厚で細い目を、突如として見開いた与一は、
「震天弓を持て!」
側近に、鮮やかな緑色の大弓を運ばせ、それを軽々と左手で受け取ると、黒く光る特殊な法力を帯びた鏃を持つ矢をつがえ、結ヶ原で暴れ回るオーガの一団へ、それを静かに向けた。