第71話 一刻を争う
何の前触れもなく、突然、空間から現れた咲夜と竜次たちを見て、田畑で作業している連理の都の農民たちは、何事かと色めき立っていたが、今の一行にはそんなことを気にしている余裕などない。縮地が本当に成功したのを感動する暇もなく、兎にも角にも急ぐため、竜次たちは皆、連理の都の大門へ、できるだけの速さで走っている。
「咲夜様! 早く帰られたのですね。よかった」
「ただ今戻りました。しかし見ると、都内に覇気があまりなく、物静かですが」
少しだけ、正面大門の門番は顔を暗くすると、彼が知っている限りの現在の状況を、咲夜に伝え始めた。それらの情報は、咲夜と竜次たちにとって、既に予想していた通りのものであったが、現状把握という意味で、有意義に頭へ入る。
「なるほど。既に出陣した後であると。それで守備兵だけを残し、ガランとしているのですね」
「はい。咲夜様が戻られたら、まず宮殿の桔梗様に会うように、と言付かっております。お急ぎ下さい」
大門はもう開いている。咲夜たちは門番に礼を言うと、すぐさま都内に入り、宮殿へ大路を真っ直ぐ駆けて行った。
再び夕日が差す美しい朱色の大宮殿に戻ってきたわけだが、そのような風景に感慨を持つ暇などない。一直線に玄関へ向かうと、今か今かと桔梗がそこで待っていた。
「ああ! 咲夜! それに、守綱や竜次たち。帰ったのですね」
「母上、ただ今戻りました。門番からあらましは聞きましたが、話を教えて下さい」
愛娘の無事を見て胸をなでおろした桔梗であるが、少し緩めた顔を引き締め直し、窮地においても、縁の国の頭領を長年支えてきた奥方の気風を、今まさに見せている。
「御館様と幸村が結の町を救うため、精兵7000人と共に、先日出陣しました。南西の軍道を進んでいます。今なら間に合います。援軍として軍馬を走らせ、平軍に追いついて下さい」
『はっ! 承りました!』
この戦はオーガの軍と戦わなければならず、昌幸は大軍を動かしている。勝てなければ国家存亡の危機だ。守綱と竜次、咲夜とあやめは桔梗の命令に即応し、既に用意されていた軍馬に素早くまたがった。ただ、仙だけは馬を使おうとしない。
「仙さん! 馬に乗れないんですか!? どうしよう……」
「乗ったことはないし乗れないけど大丈夫だよ。私は馬より速く歩ける」
少々狼狽している咲夜を手で制して落ち着かせると、仙は、霊力を少しの間からだに集中し、その身の周りに青いオーラを輝かさせた。
「天神足!」
そして力を解き放ち、高位の法術を発動させる! 仙の小さな御御足は、霊力で薄青く輝き続けている。九尾の女狐は、不思議なことにほんの少しだけ地から浮いて立っていた。