第70話 平親子の焦り
術者が以前立ち寄った記憶が無い所には、縮地を使って瞬間移動することができない。聞くと仙は、その昔、連理の都へ何回か行っているらしい。目的が物見遊山か他にあったのかは定かでないが、連理の都の確かな記憶が、仙の中にあるのは間違いない。
「急ぐんだろう? 行こうじゃないか。ただし、私の術にも限界があってね、馬までは連れていけないよ」
「仙さんの霊力を持ってしても、馬は大きすぎるということですね。伝令兵さん! 私たちが乗ってきた軍馬は、あなたが都へ連れて帰って下さい! お願いします!」
「はっ! かしこまりました! お気をつけて!」
話が決まれば一刻の猶予もない。あやめが伝令兵に、馬を回収する指示を出した後、竜次たちは仙の周りにすぐ集まった。そして、膨大な霊力を集中し始めた九尾の女狐は、呪文を唱えながら青く神々しく輝いたかと思うと、その輝きは透明な青い球体となり、竜次たち全員をすっぽりと覆い包んだ! 青色透明な球体からは、周囲の空間事象が一瞬だけ歪んで見え、次の瞬間には、慣れ親しんだ懐かしさを覚える、連理の都周りの広大な田園風景へと変化していた。
親子で戦に出ることは今まで何度かあった。それは有望な長男幸村に、将としての戦い方を教えるためであったが、今回のような大規模な軍を動かさねばならない戦に、我が子幸村を副大将として同伴させる時がこのように早く来るとは、縁の国の総大将、平昌幸は夢にも思っていなかった。
(しかも、統制が取れたオーガの大軍勢とは……いったい何が起こっておるのか?)
表情には決して出さぬが、昌幸は確実に焦っており、それは、まだ戦の経験が少ない幸村においても同様である。
「咲夜と竜次たちは……まだでしょうね。たとえ、うまく繋がついたとしても、我らと行き違いになります。我らが軍に追いつくまで、日数がかかる」
周囲の側近に配慮して、幸村は、耳打ちをするような小声で、昌幸に話しかけた。総大将であり、父でもある彼は、分かるかわからぬかくらい小さくうなずくと、わずかに顔を曇らせ、そしてすぐ、平生の佇まいに戻った。ただ、幸村の話に、言葉で返していない。
(重々分かっておる。だが、我らは将じゃ。兵の士気をまず考えよ)
幸村は、父昌幸の無言の表情と背中から、そう話しかけられたような気がした。そして、自身の未熟さを悟り、歯噛みを一瞬だけすると、総大将である父にならい、副大将として威風堂々と心身を保たせようと努め、昌幸の隣に落ち着いた佇まいで馬を並べた。
平軍は総勢7000。結の町の危機を救わんがために、既に連理の都から出陣し、南西へ進軍している。