第69話 縮地
昼下がりから、また少し時が進んでいた。夏の西日は落ちかけでも、まだまだ眩しく暑い。それでも昼間の照りつけよりは、随分日差しが弱くなっている。そんな一日の終わりの陽光に映える、小さな板葺きの馬屋に竜次たち一行が立ち寄ったところ、血相を変えて、馬屋の主人が番をしている小屋の中から、飛び出してきた者がいる。見ると、縁の国の部隊服を着ている。伝令兵だ。
「咲夜様! よかった、なんとか落ち合えた……」
「ここまで早馬で来たということは、良い知らせではありませんね。都に何かあったのですか?」
色恋の嫉妬で考えが曇るのが玉に瑕だが、咲夜は基本的に冷静沈着で聡い姫である。こうした時でも肝が据わっており、伝令兵がどんな悪い知らせを言ってこようが、少なくともうろたえることは無いだろう。
「はっ! 『結の町にオーガの大群が迫っており、大至急、連理の都へ戻るように』との、お館様からの伝令を預かっております。こちらをお納め下さい」
伝令兵の言葉を聞き、咲夜を始め、皆、言葉を失った。父昌幸からの伝令書の封を切り、急いで中を改めると、確かに昌幸の手で書かれた、今言った通りの内容がそこにある。花押も下部にある。どう見ても間違いない。
「なんてこと……!! わかりました。すぐに馬を走らせ、都に帰還し……」
「いや、ちょっと待ってよ咲夜ちゃん」
あまりのことで、若干だが狼狽しかけている咲夜に、落ち着いた声をかけてきたのは、仙であった。
(縁の国の危機であり、一刻を争うというのに何なのか!)
既に馬屋に繋いでいた軍馬の鞍を整えていた守綱は、つい苛立ってしまい、少々厳しい怒り顔で、細腰の美しい、九尾の女狐の方をキッと睨んだ。そんな短気なところがある侍大将の視線を、仙はというと意に介していない。
「仙さん。馬を全速力で走らせても、連理の都までは日がかかります。待ってる暇はありません。急ぎたいんです」
「うん。だからちょっと待って、ちゃんとお聞きよ。帰るまで時間がかかっちゃうんだろう? 私の法力を使えば、みんな一瞬で帰れるよ」
「えっ!? もしかして仙さんは……」
場合が場合だが、咲夜は信じられないという目をしている。だが、仙は自信たっぷりで得意げに、
「そうさ、私は縮地が使えるんだよ。伊達に長く生きてないさね」
と、品よく口に手を当て、小さく狐笑いをした。縮地は高度すぎる法術で、アカツキノタイラにおける歴史的な書物には、その存在が示されているものの、習得できた者が今までいたかどうかは定かでなく、全く伝説として見なされてきていた、瞬間移動の術である。