第68話 導きのカラス
新たな仲間、九尾の狐の仙が一行に加わったわけだが、仙は竜次を男として好いており、咲夜もまた同じである。恋路の分かれ道も多くなりそうで、前途多難と言えよう。そうではあるが、咲夜が仙を人格、いや霊格的に嫌っているかといえば、そういうわけではない。数百年前に愛した人間の男に義理立てて、その男が住んでいた里を長きに渡って守り、きちっとした供養の区切りまでつけた。こんなことは、しようと思って出来ることではなく、善良な人間以上の誠実さを見せる大霊獣を、嫌える者などそうそういないだろう。
「たまには山から出てるんだけど、里に降りるのは久しぶりだね」
「超速子調理器や送り石などは、その庵から出ていた時に手に入れていたのですか?」
「そうだよ。こうやって帽子を深くかぶってね。いくらか銭を払って行商人から買ってたのさ。あれは便利なものだからね。あんたたちが食べた、おせんべいもそうして買ったもんだよ」
仙が銭をどうやって手に入れていたのかはよくわからないが、確かに辺鄙なところにもかかわらず、妖狐山の麓の里には、行商人がたまに来るということを、里の長老が少しだけ言っていた。九尾の狐に関する話の端に、ちょっとだけ乗せていた言葉だったので、今、仙と話しているあやめにしても、すっかりそのことを忘れていたようだ。
「なるほど、それなら一通りの物が揃っていたのも、納得できるでござるな」
「そりゃそうさ。人間を守ってやってるんだから、人間が作った物くらい、買って使わさせてもらうさ」
案外、仙は、アカツキノタイラにおける人間社会に溶け込んだ霊獣であるらしい。切れ長の目を持ち、整った顔が美しい、細腰の彼女のことが段々と分かってきたようで、凄まじい霊力を漂わせる仙に、皆、親近感を持ち始めている。
ざっくばらんな雑談を交えながら、竜次たちと仙は妖狐山麓の集落まで出てきた。もういつの間にか、昼下がりになってきている。夏の日が長いとはいえ、
(今日、連理の都へ帰り始めるのはやめておきましょうか。長老さんの所で一晩休ませてもらってからにしましょう)
と、咲夜が考えている方針をとったほうが良いだろう。いずれ日が落ち、中途半端な道のりしか進めず、宿を探すのが難しくなる。そのように、咲夜は皆に伝えた後、一応、馬の様子を見るため、繋いできた馬屋に立ち寄ったのだが、これが縁の国の運命を左右する重要なポイントになるとは、この時、誰も思いもしなかった。
竜次たちの先を急かせるように、カラスが3回鳴いた。そのカラスは足が3本ある、八咫烏であったかもしれない。