第66話 2つ目の銀杯
数百年、それよりもっと前から仙は生きており、そしてその美貌は当時から寸分も変わらない。そんな女が傍で優しく介抱してくれていたのなら、どんな人間の男でもイチコロだろう。今は小さな墓で眠っている男が、仙に惚れ込んでしまったのは当然と言える。
「本当に馬鹿な男だったよ。働き者で私に尽くしてくれたんだけど、あれだけ甲斐性があったなら、里で人の嫁を貰って、所帯を持って幸せに暮らせてただろうに、怪我が治った後も、ずっと庵に居着いちまった」
「そうだったのか。俺はその男の人の気持ちがわかる気がするな。なんて言ったらいいか……そうだ、その人を仙さんは看取ったんだろう? 亡くなる前に何か言ってなかったかい?」
大昔の思い出を竜次が深く聞いてくれて、また、よく考えて共感してくれているのが、仙にはとても意外だったらしく、彼の顔をしばらくまじまじと見ていた。そして、そういえばと連れ添った男の墓をもう一度見直し、
「言ってたよ。『ずっと一緒にいてくれて、ありがとう。幸せだった』ってね」
少しばかり気恥ずかしいような、寂しいような微笑みを浮かべ、仙はそう答えた。人間の男の愛を受け入れ、その男の寿命が尽きるまで添い遂げた、九尾の女狐が与え続けた愛を、笑える者など何処にもいようはずがない。
仙を愛した男の墓参りを一通り済ませ、竜次たちは暑い昼日中の山道を歩き、働き者の男が昔コツコツと修繕していったのであろう、しっかりとした造りの庵まで戻ってきた。玄関の引き戸を開けて中に入ると、窓から入る夏風が心地よく、意外に涼しい。
「改めて礼を言うよ。ありがとう、あんたたち。これであの馬鹿な男も安心して眠ってくれるだろうね。仏壇に供えてある石杯は、何処へでも持っていっていいよ」
「ありがとうございます、仙さん。私たちにはどうしても必要な物ですから。それでは、ちょっと失礼しますね」
大きな感謝を示している仙に、石杯を持っていく断りを言うと、咲夜は仏間に置かれている仏壇の前まで上がり、錦の袱紗を無限の朱袋から取り出した。一つ深呼吸をして間を置いた銀髪の姫は、金色に輝く時送りの砂をひとつまみ、白く細い指で取り、力を失い石になっている杯に、パラパラと満遍なく上からふりかける。すると、時送りの砂が落ちた後に小さな虹がかかり、砂の法力を受けた石杯は国鎮めの銀杯へと変化した! 見事に力を取り戻したのだ!
紆余曲折、困難な過程があったが、2つ目の銀杯を無事手に入れることができた咲夜は、心底ホッとしている。そんな彼女の真剣な所作を、仙は一部始終静かに見守っていたが、そこで口を開き、ある驚くべき提案を竜次たちに出してきた。