第63話 あやめと言えども
正体がはっきり分からぬ鬼退治の依頼を受けた一行は、仙の庵から出ると、夏虫がしきりに鳴き、草いきれが漂う山道を手がかりに、妖狐山の中腹へと歩き始めた。おおまかに仙が教えてくれた、鬼が巣にしているであろう場所には、大きな岩壁が一つそびえ立っているという。目印としては、分かりやすく、たどり着くまで迷うことはないだろう。
「ここだな。でっかい岩だなあ。でもよ、肝心の鬼がいねえな?」
「そうみたいですね。どこかへ出かけているんでしょうか?」
夏の日が高くなり、ギラギラと開けた草地を照りつけていた。石英を主成分とした大岩壁にも、強い陽が当たっており、照り返しが眩しい。目的地に到着したようだが、竜次と咲夜が辺りを見回しつつ話している通り、退治する鬼は今いないようだ。
「それぞれはぐれないように、鬼を探してみるか? この辺りにおるのは、おそらく間違いなかろう」
「そうしましょう。それぞれ十分お気をつけて。特に咲夜様は、刀をお持ちでありませんから、竜次さんからあまり離れないようになさらないと」
微かに鬼の瘴気がこの場に残っている。それを百戦錬磨の守綱と、優秀な忍びであるあやめが鋭敏に感じ取り、鬼の巣を中心とした近辺の探索を、皆で行い始めた。咲夜は、あやめの助言に従い、竜次の傍近くから離れず、鬼の気配を探っている。仙に鼻の下を伸ばしかけていた竜次を、先程、厳しく咎めた咲夜だったが、今は、ドウジギリを構えながら辺りを慎重に窺っている勇ましい彼に、守られている形であり、彼女の機嫌は完全に直っているようだ。あやめの何気ない好アシストかもしれない。
(気配が近い、そんな気がするけど……)
コギツネマルを抜いたあやめが、精神を集中させ、辺りを警戒していると、突然、茂みの中から真っ黒な丸太のような腕が現れ、あやめを側面から殴りつけてきた!
「くっ……! 油断したわね……!」
全てに身構えていたあやめであったが、鬼からの攻撃が、想像を幾らか超えて速く、コギツネマルを身に引き寄せ、咄嗟に防御の構えを取り、受け流したといえども、ダメージをゼロにはできなかった! だが、左腕に少々打撲を負っただけで、彼女はまだ戦える。甲種甲冑装備のプロテクターも、あやめを守ってくれている。
「鬼です! ブラックオーガです! 救援をお願いします!」
夏山に鋭く走ったあやめの呼びかけを聞き、竜次と守綱は、即座に反応すると、刀の力を最大限に解放させ、神速で彼女の危地へ駆けつけに行く! 咲夜は、冷静にあやめとブラックオーガの接近した距離を見て、
(これは危ない!)
そう思うや否や、炎の法力を手のひらに強く集中させ始めた!