第62話 可愛らしい嫉妬
「あんたたちは、この山を妖狐山と呼んでいるよね。ちょっと登って、やっつけてもらいたい鬼がいるんだよ」
「鬼退治でござるか? やらないこともござらんが、仙殿の力があれば、余程の鬼でない限り、赤子の手をひねるように倒せるのでは?」
竜次たちに敵意を見せていない仙は、力を敢えて隠している。そうしていながらも、今、面と向かって話している妖狐の体からは、おびただしい霊力がその内に秘められているのが、一行には、皮膚に伝わるくらい感じ取られた。そんな強さを持つ仙なら、わざわざ竜次たちに鬼退治を頼まずとも、という疑問を守綱が持ったのは、至極当然のことと言えよう。そのとおりではあるのだが、仙には自分で戦いたくない理由が、少しばかりあるようだ。
「ちょっと私には場所が悪くてね。倒せないこともないんだけど、面倒なもんでね。今まで鬼を放っておいたんだよ。あんたたちが来て丁度いいと思って、頼んでいるわけさ」
「苦手な場所なのでござるか? 仙殿の力が発揮し難いような、そういった所でござるか?」
守綱からの問いかけを再び受けた仙は、少し意味深で寂しげな笑いを浮かべ、
「まあそんなところさ。どうだい? やってくれるかい?」
と、すっかり彼女のお気に入りになってしまった竜次の方を向き、切れ長の目で優しく見つめ、いい返事を待った。
「俺は構わねえよ。鬼が山から降りてきて、集落の人たちを襲っちまうかも知れねえからな。面倒なのがいるのなら、俺たちでやっつけちまおう。ところで、どんな鬼なのか教えてくれねえか?」
「ありがとう、やっぱりいい男だね、あんたは。それで鬼のことは悪いんだけど、私は遠目で昔見ただけで、どういう鬼なのか詳しく知らないんだよ。分かっていて教えられるのは、今もそいつは妖狐山を巣にしているのと、おおよそどの辺りにいるか、だけになるね」
竜次がこだわりなく頼みを受けてくれたのに多少安心したのか、仙はまた狐耳をぴょこっと動かし、妖艶さと可憐さが入り混じった、魅力的な笑顔を見せている。竜次は、芙蓉の花のようなその笑顔に心が動かされ、ちょっとばかりドギマギしていると、後ろに座っている咲夜が何かしら思ったのだろう、竜次の背中をぐいっとつかみ、仙から離れるように引き倒してしまった! 全く意表を突かれた竜次は、背中から仰向けに倒れてしまい、
「イテテ……いきなりどうしたんですか? 咲夜姫?」
「知りません!!」
と、下から覗き込むような形で、可愛らしいふくれっ面になっている咲夜に、つまらぬことを聞いている。