第61話 人のための供養
竜次たち一行が通されたのは、6畳ほどの仏間であった。少々狭くなるが、座布団を出して座ろうと思えば、皆、座れないこともない。それより何より、なぜ九尾の狐である仙の庵に、簡素ながら仏壇が置かれているのか、竜次たちはどうしても気になってしまい、
「この仏壇は、どういったものでござるか? 何故ここに? 仙さんは誰を供養なさっているのか?」
と、守綱が、皆が思っている疑問をそのまま尋ねてみた。仏壇を少しの間見ていた仙は、その問いを聞いて自嘲気味に寂しく笑い、
「昔、一緒に人間と暮らしていたことがあってね。そいつがゆっくり眠れればと思って、ここに置いてあるだけさ」
と、詳しく語らず、そうとだけ答えた。そして、仏壇の手前にある線香にロウソクで火をつけ、黙って香炉に線香を供え、厳かに手を合わせる。人ならざるものの、九尾の狐がなぜ? という疑問は残っているが、人間のために供養の祈りを捧げる仙の姿は、そんな野暮なことがどうでもよくなるほど、極めて美しかった。
(これは心根が綺麗な女だ。そうじゃないと、こんな拝み方はできねえ)
凄まじい力を持った人外である仙の祈りには、一点の曇りもない。人を超えたその美しさに、竜次はややもすると、心を奪われるかと思うほど見惚れてしまった。それと同時に、彼の両親が亡くなった時、弔った記憶が呼び起こされてならず、ある人間のために拝む仙の姿に、その時の自分の気持ちを重ね合わせて見ている。
「? ふふっ、どうしたんだい? 神妙な顔をして。それはそうと、あんたたちが探しているのはこれだろ?」
仙が細く白い指をさした先には、一つの石杯が置かれていた。ただ置いてあるわけではなく、仏前に供えていると言うのが適当だろう。あるいは、この庵で一緒に暮らしていた人間が、心安く眠れる助けになるかと考え、供えられているのかもしれない。そのあたりは、仙に聞かなければわからないが、今、彼女は、詳しい話をする気がなさそうだ。
「そうです。まさにこの杯です。やはり年月に従って力を失い、石になっていましたか。仙さん、この石杯を譲って頂けませんか?」
あやめが忍びの彼女らしい現実的な分析をした後、誠心誠意頭を下げて、九尾の狐に頼んでいる。仙はそうした誠実さが嫌いでないらしく、狐耳を少しだけぴょこっと動かし、
「いいよ。だけど、やってほしいことがある。話を聞いてみるかい?」
と、竜次たちの良い人間性が、すっきりと理解できた顔を見せ、国鎮めの銀杯を渡す、交換条件を話し始めた。