第59話 九尾の女狐
「帽子で耳を隠しているが、お前が九尾の狐か?」
裏表ない豪快さが竜次の特徴であるのだが、あまりにも単刀直入に、女の正体を問い質したので、咲夜、守綱、あやめの3人は、驚きのあまり固まってしまった。びっくりしたのは、目の前にいる妖艶な女においても同様だったが、どちらかと言えば竜次の言葉にキョトンとしている。そして少し経つと、女は心底おかしそうに笑い始めた。
「あっはっはっ! 面白いねえ、あんた! いきなり押しかけて、面と向かって聞いてきた人間の男は、あんたが初めてだよ。そうさ、私が九尾の狐だ」
ひとしきり、威圧感のある、何か惹き込まれるような声で笑ったあと、美しい細身の女は、やや深く被っていた洋風帽子を取り、頭についた狐耳を隠すことなくさらけ出している。守綱、あやめ、咲夜は、様子が変わったのを見て、戦闘態勢に身構えたが、九尾の狐からは敵意が漂っていない。目の前で話している竜次だけは、それにいち早く気づき、構えを解くよう3人に促した。
「そうか。不躾で悪かったが、あんたに話がある。まず、これを読んでくれないか? 陰陽師の晴明からの紹介状だ」
思ってもいなかった名が出てきたので、女の形をした九尾の狐は、久しぶりに心底驚いたようだ。竜次から、その書状を受け取ると、蛇腹に折られた紙をパラパラとめくり、その場で最後まで読み進めた。
「なるほどねえ、確かに晴明の書いた文だね。あいつらしい癖が出てる。まあいいだろう。私は変わった男が好きでねえ、あんた気に入ったよ。話を聞いてやるから、上がんなさい」
一通り晴明からの紹介状を読んだ九尾の女狐は、少し懐かしそうな顔ではにかみ、そして、竜次に向けて明るい笑顔を見せると、気っ風よく、庵に入ってくるよう促した。
(気に入ったって、竜次さんが好きってことよね!? 何なの!? いきなりあの女!?)
銀髪の姫は、こんなところでも嫉妬心を表している。声には出さないが、顔には出ており、可愛らしいふくれっ面から何を考えているのか、守綱とあやめにはすぐ分かった。縁の国の姫という立場もあり、正直に竜次へ好意を伝えにくいのでそういうことになるのだが、何にしても難儀なことである。
耐久性の高い木材と石材で、頑丈に作られた庵の中は、適度に広く、竜次たち一行全員が入っても、スペースに十分な余裕があった。かなり意外なことに土間の台所には、バッテリーとして利用する『送り石』と、超速子エネルギーを利用した調理器まで備え付けられており、竜次たちは皆、いったいどこで手に入れたのだろうかと、訝しんだほどである。