第58話 現れたのは
少々荒れた歩きにくい山道と言えども、そこはなだらかな低山である。山麓付近を探索するのに、そこまでひどい苦労はない。ただ、妖狐山に広がる広葉樹の森は、思ったより深い。それゆえ、竜次たち一行は、山道沿いにそれぞれの居場所をよく確認しながら、決してはぐれないように、九尾の狐の庵を探していた。
遠くから眺めた妖狐山の印象は、静寂が滲み出ているようであったが、今は夏である。夏の山が持つエネルギーは、例外なく大きい。そこかしこで蝉しぐれがけたたましく響き、山道を外れると、生い茂る草や低木の蔓が竜次たちの邪魔をしてくる。一行はそれぞれ手持ちの鎌で、進行を阻んでくる草や蔓を刈り、慎重に目を配っていると、ついにそれらしい建物を見つけることができた。ここまでそれなりの時間がかかり、夏の木漏れ日も、朝より暑くなってきている。
「少しだけ骨が折れたぜ~。晴明さんのヒントが大雑把過ぎたからなあ」
「そうでしたね。麓辺りにあるはずだから、山を登らずともよい、しか言ってませんでしたから」
竜次と咲夜は、若干くたびれた顔で、そう話していた。というのも、晴明は九尾の狐と面識があるものの、その女狐が住む庵に上がったことがなく、昔の記憶をなんとか辿って、おおよその庵の場所しか、竜次たちに教えられなかったのだ。妖狐山の中腹以上に登らなくてよかったのは救いだが、多少、あの陰陽師には、いい加減なところがあるのかも知れない。
近づいてよく見てみると、庵は木造で、所々に石材も使われている。古くはあるが、外観は荒れておらず、何かしら生活感が見える。こんなところに人が住んでいるとも思えず、目的の妖狐が住む庵で間違いなさそうだ。
「うーむ、ちょっとばかり緊張するのう。出てくるのが九尾の狐と分かっておるからのう」
「らしくないですね、守綱さん。というか、みんな尻込みしてるなあ。じゃあ、俺が行きますよ」
守綱と咲夜ばかりか、忍びのあやめまでも、庵の引き戸の前で躊躇している。これでは文字通り話にならず、まどろっこしいと思ったのか、竜次はいつもどおりの豪快さで先に立ち、
「ごめんください! どなたかいらっしゃいますか!」
と、意を決して大声で戸を叩き、中にいるであろう女狐に呼びかけた。程なくして、引き戸が音を立てて開き、現れたのは、青い衣を着た切れ長の目の、妖艶で美しい細身の女である。頭には隠すように、薄緑色でつば広の、洋風帽子を被っている。
(なぜ狐耳を隠しているんだろう? いや、それはいい)
晴明の占いで見た女は、この美しい女で間違いない。竜次は肚を据えて、人ならざるものかそうでないかを、まず問い質した。