第57話 大昔からの伝承
「妖狐山に九尾の狐がいることで、この集落に何か悪いことが起こったりはしないんですか?」
大妖怪の九尾の狐の力が及ぼす、人々への悪影響があるかを、竜次は聞いたわけだが、長老は意外にも怪訝な顔をしてこう答えた。
「いいえ、全くそんなことはございません。むしろ逆ですよ。悪い賊が、この辺りに寄り付いたことはございませんし、ひどい天変地異などにも、あまり遭った記憶がありません」
「ふむ。そうすると、我らが妖狐山を見た感覚に納得がいくな。あの山は、霊山に近しいものと言えるのだろう。そして九尾の狐は、妖というよりは霊獣であると」
人々が集まって住んでいれば、何かしら困りごとや悪いことが起こるものだが、長老の話では、多少そうしたことがあるものの、この集落での生活は、おしなべて穏やかであるという。その事実は、竜次たち一行が受けた、静かな山からの印象と合致している。守綱が話している推測も正しそうであり、九尾の狐は妖狐山一帯を、守護しているのだろう。
「だけど、なんでしょう。理由が分かりませんね。なぜ九尾の狐が、大昔からこの辺り一帯を守っているのか」
「そうですな。それは考えたことがありませんでしたし、私が知っている昔話にも、なぜ守護して下さっているのか、理由を知る手がかりがございません」
あやめの疑問に長老は首をかしげるばかりで、九尾の狐の伝承に関する話は、そこで終わった。咲夜は黙々と少しずつ箸を進めつつ一連の情報を聞き、流れを頭の中で整理している。お喋り好きな彼女にしては、話に加わらなかったのが、とても珍しいことだ。
竜次たち一行が、休むのに十分な広さがある部屋で寝具を敷き、ぐっすり眠った翌日の朝。
「さてと、長老さんの話では、ここから山に入ったらいいってことでしたね」
「そうですね。山道ですが、草や低木など伸びていなくて、比較的歩きやすくなっていますね」
竜次と咲夜が、鬱蒼とした妖狐山の麓にある森の前に立ち、その入り口を確かめている。昨日、長老から得た情報からすると、間違いなくこの場所が山への入り口なのだが、それでも山で遭難してはいけない。
「こっちは草木で埋もれていて、道など無いぞ!」
「こちらもまともに進める道はありません! そこ以外に山へ入れる所はありません!」
守綱とあやめは、東西二手に分かれ、他に入れる道がないか探していたようだが、それらしいものはなかった。これで、妖狐山への入り口は一つであるのがしっかり確認できた。あとは、鬼が出るか蛇が出るか、出てくる狐は何を言うか、である。




