第55話 誘(いざな)いが運ぶ縁
「竜次さん、今日はボーッとして上の空ですが、どうしたんですか?」
女というのは、気になる男の様子にすぐ気づくものなのか、馬を進めながらも、どこを見ているのか分からない竜次の目に気づき、咲夜はその横に並んで問いかけている。
縁の国の季節は夏に入った。日差しが強く照り、街道の脇の草は生い茂っている。忙しく鳴く夏虫のオーケストラはとても賑やかで、それを聞くともなく聞きつつ、竜次たち一行は、2つ目の国鎮めの銀杯を手に入れるため、連理の都の北西、妖狐山に向かっていた。
「えっ、ああいや何でもないんです。どうでもいいことを考えてたくらいです」
「そうですか、ならいいんですが……あっ! もしかして、また『縁』で飲んだんですか!? そのことを考えて!?」
咲夜はこうしたことに勘が鋭い。美しい姫ではあるのに、あまりつつかれたくないことを勘ぐると、男に嫌がられる場合もあるかもしれない。実際、図星を当てられた竜次は、驚きで馬上のバランスを少し崩しながら、ほんの少しそう思い、顔をしかめた。
「俺は嘘をつくのが苦手なんで正直に言いますが、そうです。縁の若ママのことを考えてました。若ママは確かに綺麗ですが、変な気を持ってるわけじゃないんですよ。考えてたのはそういうんじゃなくて、違うことです」
「むー、そうですか。魅力的な若ママだとは、噂に聞いていますが、何だか私も会って話してみたくなりました」
少しばかり竜次が顔をしかめたのを見て、聡い咲夜は自分の嫉妬心を隠し、すぐ話の方向を変えた。人間誰しも長所と短所がある。そのどちらにも気づくことができる銀髪姫は、やはり賢い。それに、好意を持っている男に嫌われたくないというのが、総じた女心なのだろう。竜次は自分が責められず、咲夜も若ママに人間的な興味を示し始めたのが分かったので、パッと明るい笑顔になり、
「そうでしょう! 一度、一緒に行ってみましょう! いい人ですよ」
と、思いがけず、咲夜をデートに誘う形になった。何の下心も無く出た言葉である。どちらかと言えば、それを聞いた銀髪姫の方に下心があったくらいで、
(これはチャンスだわ! 倶楽部『縁』とは、よく言ったものね。縁を運んできてくれた!)
と、表情に出さずほくそ笑み、
「ええ。妖狐山から帰ったら、一緒に行ってみましょう。楽しみだわ」
姫としての品を保ちつつも心を弾ませて、さり気なく竜次からのデートの誘いをしっかり受けた。可愛らしい顔に似合わず、なかなか強かな女である。ただ、咲夜には一つ気づいていないことがある。その強かさは、竜次への想いが日増しに強くなっているから出たものなのだ。




