第54話 麗人の謎
倶楽部『縁』には他の客も、勿論来ている。若ママが、それぞれの客に酌をするのを眺めながら、少しペースを緩めて呑んでいると、やがて竜次のところに黒い和装の麗人が戻り、こんなことを聞いている。
「竜次さんは何ていうか、縁の国、暁の国、宵の国、どの国の人とも違う、独特で不思議な雰囲気があるわね。なぜかしら?」
竜次は思わず右手に持っていたぐい呑を置き、若ママの顔をまじまじと見た。客とはこだわりのない話をする彼女にとって、この質問は珍しい。それだけ竜次に、強いエキゾチックさを更に越えた興味を持ったのだろう。他に意図があるようには考えられない。
「そうだな。俺がアカツキノタイラとは違う世界から来た、と言ったらママは信じるかい?」
包み隠すことが嫌いな竜次は、自分の素性をそのまま小さな声で答え、逆に軽く問いかけた。少しだけ若ママはそれに驚いたようだが、顔を微笑に戻すとほとんど動じることなく、竜次の耳に口を近づけ、
「信じるわ。『紡ぎ世の黒鏡』で来たのね」
と、ささやいた。これには豪胆な竜次も愕然とせざるを得ない。
「その道具をなぜ知っている!?」
いったい若ママは何者なんだ? めったに人を疑わない竜次が、思わず警戒の態度を取ると、落ち着いた和装の麗人はそれがおかしかったのか、いたずらっぽく笑っている。
「いやですよ、竜次さん。アカツキノタイラでは有名で貴重な法具ですから、知っている人も多いんですよ。黒鏡を使って、実際に違う世界からこちらに人を連れてきたというのは、今まで聞いたことがなかったですけどね」
嘘でこう言っているはずもなく、言ったところで何も意味はない。若ママの説明に納得した竜次はいつもに戻り、ぐい呑にまた酌をしてくれるよう、目の前の麗人に頼んだ。
「ふふっ、面白い話を聞かせてもらいました。この一杯は、私からのおごりにしますね。まだまだゆっくり呑んでいって下さい」
「いいのかい? ありがとう……腰を落ち着けて呑むよ」
若ママは笑顔を浮かべ、機嫌がいい。良酒ばかりでなく、竜次が食べきった煮込みの皿を下げて、もう一皿温かいのを出してくれた。これも彼女からのおごりだという。
(随分得をしたが、そんなに俺の話に興味を持ったんだろうか?)
一瞬醒めた酔いを取り返すように、竜次は自分のペースでまた呑み直し始めた。しかしながら、精霊のような透明感がある、魅力的な若ママに対する謎が、初めて呑みに来た時より更に深まってしまい、
(これは、家に帰って寝床に就いても考えてしまいそうだ)
竜次は戻ってきた酔いに心身を任せながらも、そんなことを思っていた。