第51話 主命の首尾
咲夜の耳に心地良いお喋りを聞きつつ馬を進ませ、日が暮れれば頃合いを見て民家で宿を借りつつ道を急いだ一行は、怪異や鬼などの襲撃を受けることもなく、順調に連理の都へ帰還できた。
「少し離れていただけだが、久しぶりに帰れた気がするな」
「本当ですね。何だかとても新鮮な風景に見えます。いつも眺めていたはずなのに」
防壁に囲まれた広い都を中心に、とてつもない規模感の田畑が、ここから見える地平線まで続いている。作物が実っていくであろう一面に広がる緑の絨毯に、夕暮れの西日が差し込み、今日の終わりを農家に告げる、美しい照り返しの鮮色を作り出している。竜次と咲夜は、壮大な都の風景をしばらく眺め、それぞれの感慨に浸っていた。
(なんだろう、故郷に帰った……そういう気がする)
日本から来た竜次にとって連理の都は、確かにアカツキノタイラでの故郷と言える。だが、彼にもなぜかわからないが、それより昔からここにいたような、より深い懐かしさを心に感じていた。
西日に威容が際立つ朱色の大宮殿に無事戻ると、昌幸、桔梗、幸村は、首を長くしていたようで、玄関に飛んで迎えに行き、旅を終えた竜次たち一行を、まず労った。
「よく戻った! 今夜は、ここで私たちと食べよう。酒肴を用意させよう」
昌幸は、晩餉を共にしながら、酒の席でここまでの首尾を報告してくれればよい、ということを言っているようだ。見ていて気持ちのいい笑顔で、竜次の肩を叩く御館様は、相変わらずの気さくさと度量である。肩に置かれた頼もしい手を通して、心がしっかりした何かに包まれたような安心感を覚えた竜次は、自然と昌幸に対して微笑みを返していた。
宴会の広間で守綱と竜次は、主君昌幸から直々の酌を盃に受けている。まろみがある口当たりの良い酒が体に回り、ほろ酔いのいい気分になりつつある2人だったが、まだシラフの内に、主命の首尾を報告せねばと考え、昌幸に、その関連のことをまず話した。
「ほう、妖狐山とは。思ったより近くに、国鎮めの銀杯があったのだな」
「左様です。そして、伝説か噂かと今まで思っておりましたが、妖狐山に九尾の狐がおり、その者が銀杯を持っておると、晴明の占いで出ておりました」
守綱の報告を聞きつつ、昌幸は酒をまた注いでやっている。主君から受けた盃を、一気には空けず少しだけ飲み、酌の手を止め、心を落ち着けて考えている昌幸の表情を、歴戦の侍大将は見守っていた。長年見ている主君のこの表情が、守綱はとても好きで、そこから発せられるであろう次の主命を、彼は静かに待つ。