第50話 見方を変えなさい
「よし、これでよい。持っていきなさい」
「これは……九尾の狐に宛てた書ですか?」
何を思って晴明がこの手紙を書いたか、咲夜は大方気づいている。そうであるので、推測した宛先を聞いたのだが、正にそれは正鵠を射ていた。美青年の陰陽師は、聡く美しい銀髪姫の勘の良さに、多少感心している。
「咲夜姫は分かっておられるようだ。あなたが言うように、これは私から九尾の狐に宛てて書いた、紹介状のようなものだ。そこまで気づいているなら後はどうしたらいいか、おおよそ頭の中にあろう」
「紹介状を渡して、それを手がかりに交渉してみよ、ということですか? 力で敵わないなら話し合い、国鎮めの銀杯を手に入れてみよと?」
晴明の導くような問いに答えたのは、咲夜ではなく、あやめであった。彼女も正確に、晴明がしたためた書の意図をつかんでいるようだ。竜次と守綱も、そこまで一連の流れを聞き、パンと合点の手を打った。解けなかったパズルのヒントを得て、視点を変えてみるとあっさり解けた、そんなすっきりした顔を2人ともしている。
「そういうことだ。きっかけは書いてあげた。あとはあなた方次第ということだよ」
晴明は薄く微笑をたたえ、皆にそう言葉を残した。知らぬ間に時がたったのだろう。白壁の庵を照らしていた陽は既に傾いており、また日陰の村に夕暮れが訪れかけている。
日がもうすぐ落ちるが、日陰の村において、できることは全て行った。晴明に別れと礼を告げ、竜次たち一行は、連理の都への帰路を急いでいる。
「あなた方は、またどうしても私の力を必要とするだろう。どういう因果になるか分からぬが、また酒を酌み交わすことがあるだろうな、竜次殿」
別れ際、晴明は意味深なメッセージを竜次たちへの餞別として送った。どの道を選ぶ因果律になっているか、陰陽師晴明も知らぬが、竜次、守綱、咲夜、あやめ、その中でも特に竜次を信じている、という意味に取れる。隠遁生活を送る偏屈な陰陽師と、ここまで打ち解けられたのは、ほとんど竜次に依っているのだが、なぜそこまで自分を気に入ってくれたのか全く分からず、竜次は帰りの道中、
(聞くと会うとでは大違いだったが、それにしても何なんだろうな? 俺はどこかで晴明さんに会ったことがある? いや、そんなわけはないだろう)
と、妙なことを繰り返し考えてしまい、その度に頭を振って、結論が出ない思考を打ち払っていた。どこかで晴明とは関わりがあった気がする。しかし、そのどこかが思い出せない以上、考えたところでどうしようもない。それより何より馬を走らせ、都への帰路を急がねばならない。