第49話 書
「ふむ……ポカンとしてばかりもいられぬな。話は分かってきたぞ。2つ目の銀杯は、九尾の狐が持っておるということだな?」
「早く言えばそういうことだ。妖狐山の九尾の狐が持っている。ただ、あなた方はあの女狐と戦って、勝てると思うか?」
守綱の質問を聞き、晴明はそれに答えると共に、竜次、咲夜、守綱、あやめ、それぞれを見回して問いかけた。皆、首を横に振っている。そうした中で竜次は、子供の頃に読んだ妖怪漫画の一場面を思い出していた。
(まだ俺も小さかったが覚えてるぜ。九つの尾が広がっていたあの絵は、とんでもない迫力だった。そんな大妖怪が本当にいる世界に来るとはなあ)
日本において、九尾の狐は有名な妖怪であり、凄まじい妖力をその体に秘めているのも、知る人ぞ知るところだろう。姿見に映っていた妖狐は人の形に近く、力を敢えて抑えているように見えたが、それでもなお、法力を持つ鏡を通して、大妖怪としてのおびただしい妖力がひしひしと感じ取られた。竜次たち一行がどう攻めかかろうが、勝ち目は億に一つもないだろう。とすると、晴明の問いかけと占いに対して、大きな疑問が残る。
「勝てるわけはないですが、それだとおかしくないですか? 晴明さん? 俺たちの力が足りないから、持って帰れそうな銀杯の在り処を占ったのに、全然逆のことをしているんじゃ?」
「ふっふっふっ、そう思うだろうな。竜次殿らしい、正直な問いだ。私が何を占い、何が言いたかったかといえば、手段は力ずくで戦うばかりでもあるまいということだ」
「???」
ふわっと要領を得ない晴明の答えである。竜次たち4人は皆、首をかしげるばかりであったが、涼し気な目の陰陽師は、縁側から庭の葉桜を少し見ると、話をそこで切り、占いで使用した赤水晶の玉と、姿見の鏡を片付け始めた。目線で、「あなた方も手伝うように」と促され、竜次と守綱は姿見の鏡を、咲夜とあやめは赤水晶の玉を、それぞれ物置へ慎重に運ぶ。片付けるだけなので、これは風水の配置に従う必要がない。
全て仕舞い終わり、広々とした8畳間に戻ると、晴明が文机に向かい、何やら書をしたためている。それを見て咲夜はピンと来るところがあったが、晴明がしたため終わるまで邪魔にならないよう、座布団を敷き直し、静かに座って待っていた。他の3人も、それぞれ咲夜に倣う。
夏に入りつつある季節に流れるやわらかい涼風が、幾度か畳敷きの8畳間に優しく吹いてきた。美しい姿勢で書を作る、陰陽師の横顔は端正である。一行は黙って静寂の中に、その様子を見守り続けると、やがて晴明は、書くべき文字を全て書き終え、筆を置いた。