第44話 霧消喝破
目を見開きうつ伏せに息絶えている賊の首領の亡骸を、竜次は複雑な心境で見つめていたが、事切れた体の傍らに転がっているイエローオーガを呼び出した笛に、ある重大な変化が起きているのに気づき、近づいて思わずそれを手に取ろうとした。
「呼笛が壊れている!? いや、砕けて砂になった!?」
はっきりとしたひび割れが呼笛に生じているのを見て、竜次は細心の注意でそれに手を伸ばした。しかし、すでに呼笛は、サラサラとした砂に変化しており、どう気をつけようが手に取りようがなかった。
「ふーむ、どうやらこの鬼の呼笛という物は、一度吹いただけで跡形もなくなるようじゃな。だから浄土山でも、賊が使った呼笛が見つからなかったわけか。これではなぜ悪い輩どもが、オーガと結託できているのかを探る手がかりが掴めん」
鬼の呼笛が一回の使い切りだと分かったのは収穫だが、反対に言えば、鬼たちとつながっている証拠がなくなるわけで、守綱が言うように、呼笛を手に入れて、そこから賊たちとオーガの関係性を探るということはできない。呼笛を吹く前に賊たちを倒せればよいが、それは至難の業だろう。ほとんど不可能と言ってよい。
「まあよかろう。晴明の依頼はこれで片付いた。庵に戻れば約束通り、銀杯の在り処を占ってくれるはずじゃ……竜次? どうした?」
「…………」
傍にある首領の亡骸を、竜次は片膝を突いてしゃがんだまま見つめ続け、そのまま微動だにしない。賊共が外道の類なのは間違いない。それでもなお、それを斬った、人間を斬った自分の手に残る感触に、彼は言いようのない違和感を覚えていた。その、人の命を奪った迷いに葛藤する、竜次の後ろ姿を見て、
(これはいかんな)
と、守綱は全てを悟り、かけがえのない部下が思い悩む、その迷いを断ち切らんとする。
「竜次、迷うな!」
「!?」
守綱の喝破に、竜次はハッと、うろたえた目を覚ました。達人に鋭い面を竹刀で打たれたような、例えるとそれほどの衝撃だった。
「お前はこれから先、縁の国を守るため、咲夜様を守るため、様々な戦に赴くことになろう。このような外道の賊ばかりではない、敵対する兵を斬ることもあろう。それでも迷うな! お前が斬られる! 戦場に居るということは、相手にもお前を斬り、お前に斬られる理由があるのじゃ! だから、決してこれから迷うな!」
「はい……!!」
心にかかっていた毒霧が晴れた竜次は、すくっと立ち上がり、守綱の方を向き直すと、吹っ切れた心強い返答をした。迷いがなくなった部下の頼もしい姿を見て、歴戦の侍大将は、ほんの少し表情を緩める。




