第40話 意外な一宿一飯
「まず、日陰の村の由来は知っているかい?」
「はい。日陰山の陰が、朝内に村を広く覆うからと聞いています」
咲夜の答えは簡潔で完璧であった。晴明はそれを聞いて満足そうだ。
「うむ、いいだろう。それでだ、この日陰の村に、最近困ったことが起こっていてな。日陰山の北の端に、賊が少しだが巣食うようになった。時折その輩が、村にいらぬちょっかいを出しておる」
「こんなところにも賊が……国の乱れが進んでいるのでしょうか。歯がゆいばかりです」
「ほう、あなたは以前この庵に来たことがあるな。確かあやめさんと言ったか。かなり愛国心があると見える。条件というのはその賊の討伐だ。やり遂げたなら、銀杯の在り処を占おう」
日陰の村の民は、もちろん縁の国の国民である。その村の治安が、賊により脅かされているというなら、晴明が出す条件云々抜きでも、討伐しなければならない。竜次たちは、皆をゆっくり見回している陰陽師の依頼を承諾し、更に賊に関する詳しい情報を聞いた。
日陰菜に昼の高い陽が差し込み、葉の緑が光るように際立っている。晴明から茶菓を頂き、順調に話を進めているうちに、いつの間にか、時が進んでいたようだ。
「賊の話をして頂き、ありがとうございます。それでは、討伐に参ろうか」
「まあ待ちなさい。今日はもう昼を回ってしまった。ここで英気を養い、明日の朝、向かえばよかろう」
意外にも晴明は、竜次たちを庵に泊める気でいるらしい。以前来た時と全く対応が違うので、守綱は思わず涼やかな佇まいの美青年を見返してしまった。それだけ、異世界からやって来た竜次に興味を持ったということだろうか。
その日の晩は、日陰菜と米を煮て、出汁味噌で味付けした雑炊と、川魚の煮付け、大根の吸い物を振る舞ってもらい、それに加えて、なんと酒まで出た。咲夜などは、晴明が徳利を台所から持ってきたとき、我が目を疑ったほどだ。余程竜次を気に入ったのだろう。裏表もこだわりもない、竜次がする日本の話は面白く、陰陽師はよく笑い、楽しい夜を過ごしていた。それをきっかけにして、晴明に対し、偏屈で得体のしれない印象を抱いていた、咲夜、守綱、あやめも打ち解けることができ、みんなが囲炉裏を囲んで笑い合う、非常に良い夜の、小さな宴になった。
広い庵で宿を借り、夜具を広げてしっかり眠った翌日。
「いい朝だ。昨晩はよい酒を頂きました。よし! 行こうか!」
「ふふふ。私も久しぶりによい酒が飲めたよ。討伐が済んだら戻ってきなさい」
今朝の晴明は、鮮やかな紫色の衣を着て、竜次たち一行を見送りに出てくれている。皆の英気は充分。日陰山の北の端に向かい、あとは存分に戦うのみだ。