第39話 上機嫌の理由
「晴明さん。私達がなぜ庵に来たかを言ってもいいですか?」
「言うのは構わんよ。まず言ってみなさい」
咲夜の見立て通り、今日の晴明は比較的機嫌が良い。それでも、用を聞き入れてくれるかは分からないが、伝えることはできそうなので、姿勢を整えた咲夜は、整った可愛らしい顔を晴明に向け、話し始めた。
「以前、庵を訪れた時と同じように、国鎮めの銀杯の在り処を占って欲しいのです。用件はこの一つだけです。お願いできますか?」
はっきりとした口調で簡潔に用件を述べた。対する晴明はというと、残りの茶をすすりながら、寸分も変わらぬ落ち着いた表情で、それを聞くともなしに聞いている。少しの間、竜次たちと晴明がいる部屋に静寂が走り、聞こえてくるのは庭の葉桜でさえずる、小鳥たちのかすかな鳴き声だけであった。
「占ってもよい。しかし、条件がある」
「本当ですか!? どういう条件でしょう? 私達が応えられることでしょうか?」
意外にあっさりと、晴明が願いを受け入れてくれそうなので、咲夜は思わず身を乗り出し、涼やかさを崩さぬ陰陽師に詰め寄らんばかりである。そんな彼女から敢えて視線を外し、晴明は多少の興味を初顔合わせの竜次に向けていた。
「あなたの名を伺いたい」
「源竜次と言います」
「そうか。竜次殿、あなたはアカツキノタイラの人間ではなかろう。だが、その刀が使える。面白い御仁だ」
「!?」
陰陽師として、そこにある事象の全てを見通しているのか、晴明は竜次の名前を聞いただけで、素性をほとんど言い当てた。肝が据わった竜次も、これには空恐ろしさすら覚え、驚愕の表情で、思わず晴明の顔を見返す。薄青衣の美青年は、薄く笑みさえ浮かべていた。
「私が上機嫌なのは、あなたが来たからでね。久しぶりに人が面白いと思えたよ。竜次殿、あなたがおらず、咲夜姫たちだけだったなら、話をはぐらかして追い返していただろう」
「ということは、条件というのは俺に関することですか?」
朴訥な竜次の返しが面白かったのだろう。晴明は声を上げて哄笑した。人か人でないのかすら分からぬ力を持つ陰陽師が、こんなおかしそうな表情を見せるとは、咲夜、守綱、あやめは、立ち上がって笑う晴明を、呆気にとられた顔で見上げている。
「そうでもあるが、あなた方の力を見たい。ちょうど茶を飲みきったようだね。では、詳しい話をしよう」
茶碗と、薄皮の饅頭が置かれていた皿には、それぞれ洒落た凹凸が少しつけられ、色鮮やかである。それらの器をさり気なく脇に片付け、竜次たち一行は晴明が示す条件を聞き始めた。