第38話 広い庵
白壁の庵に上がってみると、まず広い土間に、煮炊きをする台所があった。日陰の村には、連理の都の大曼荼羅から送られる超速子の力は届いていないが、その力を蓄えておける『送り石』というバッテリーと同等な物が、供給されている。特産の日陰菜を、村へ取引に訪れる商人に売り、それにより得た金で、送り石など生活必需品を購入するわけだ。晴明の庵にも、予備の送り石が土間の一箇所に幾つか固めて置かれており、それをセットして使用する電磁調理器や照明など、便利な道具があちらこちらに見受けられた。
庵の中は広い、おそらく晴明一人で住むには持て余す広さだろう。玄関を入って見渡せる土間から、少々の段差をまたいで上がると、10畳ほどの居間がある。それだけでも十分すぎるスペースなのだが、さらに奥側へ回り込めば8畳の別室があり、その縁側を向くと、ようやく晴明の姿を認められた。竜次たち一行全員が、この庵に寝泊まりしようと思えば、それは十分可能な広さだ。
「来たかね。まずそこに座りなさい。あなた達にも茶を出そう」
晴明は涼やかな表情で竜次たち一行を見回すと、音もなく立ち上がり、土間まで茶の支度に行った。所作に寸分の隙すらなく、竜次、守綱、咲夜、あやめは、それぞれ、晴明の無駄が全くない動きに、見惚れるほどであった。
(これは……もし戦ったとしても、何も出来ず終わる。ドウジギリすら、なんの役にも立たないだろう)
竜次は、茶菓を運んできた晴明の動きを見返し、人智を遥かに超えた彼の強さを早くも見抜いている。それを素知らぬふりで、薄青色の衣を着た美青年は、一人ひとりに茶菓を置くと、自身は縁側へまた座り直す。
しばらく静かに、誰もが一言も発せず、茶をすすり、菓子をつまむ時間が流れた。菓子は薄皮で甘い餡を包んだ饅頭であり、ここまでの長旅で疲れた竜次たち一行の体に、甘い滋養がよく染み渡る。自然と皆、ゆっくり少しずつ口に運び、質の良い緑茶と共に、味わって食べていた。
ここまで晴明は、何をしに来たか、などと用件を全く聞いてこない。茶菓を大方味わい終わった後、
「山の陰が短くなってきたな。過ごすには良い村だよ、ここは」
と、ようやくポツリポツリと世間話を始めた。少しだけ高い、よく通るその声は、惹き込まれるような魅力があり、晴明が発する短い一言一言全てが、深い重みがあるように聞こえてくる。
(意外に今日の晴明は、好意的かもしれないわ)
陰陽師の魅力に、少しふわふわと浮くような感覚を、咲夜は覚えているが、なぜか機嫌よく、世間話を短い言葉で続ける晴明の様子を見て、ここに来た用件を切り出した。