第37話 陰陽師晴明
山の大きな陰に隠れる村の風景は、とても鄙びており、どことない懐かしさを覚えさせるものであるが、それを眺めてばかりもいられない。山の陰が徐々に短くなり、やがては昼になるだろう。
「農作業をしている村人がいます。晴明さんの庵がどこにあるか、詳しく聞いてみましょう。おかしいですね……場所をはっきり思い出せないとは」
「すまんな、あやめ。そうしてくれ。わしと姫もここに一度来たんじゃが、どこの庵だったかうろ覚えになってしまった。なぜじゃろうな?」
一度しか晴明の庵を訪ねていないとすれば、そこまでの道順を忘れてしまうこともあるだろう。それかあるいは、陰陽師として晴明が軽く術をかけ、意図的に自分の住み家の記憶を、気づかない内にやんわりと封じたのかもしれない。
村人に聞き込むと、晴明の庵の在り処はすぐ分かった。日陰の村からやや外れた、日陰山の麓あたりに、庵を結んでいるらしい。
「どういう話になるか分かりませんが、晴明に今一度、会ってみるしかないですね」
咲夜がそう言うように、そのために連理の都から、遠方にある日陰の村まで来たのだ。竜次たち一行にとって、選択肢は他にない。
村の馬屋に、乗ってきた軍馬を預けた後、竜次たち一行は、少し歩かなければならなかった。そうは言ってもさしたる距離ではなく、晴明の庵には朝の内に着いた。日陰山の陰影は、昼が近づき短くなっているが、隠遁を楽しむ陰陽師が結ぶ庵は、その麓にあり、庭の畑に植えられている日陰菜に、山の陰がまだかかっている。
「なるほどな。なかなか趣味の良い庵じゃねえか。庵だけを見ると、そんなに偏屈な人が住んでると思えんけどな」
「それなんじゃが、偏屈という表現はちょっと違うかもしれんな。なんと言えばいいかわからんのだが、そもそも晴明は人なのかどうか」
件の晴明が住む庵を前にして、ますますその正体がミステリアスになってしまった。上司の守綱がそう話したっきり、首を傾げてばかりなので、竜次が先に立ち、漆喰で丁寧に塗り固められた、白壁の庵の戸を軽く叩いた。
「ごめんください。晴明さんはご在宅ですか?」
「上がりなさい。私はここにいる。玄関を上がって回ってきなさい」
竜次、守綱、あやめ、咲夜、4人は誰も晴明の気配に気づかず、一様に驚いて、よく通る少しばかり高い声で呼びかけられた方を向く。すると庵の縁側で、茶をすすりながら畑とこちらの様子を静かに見ている、薄青色の衣服を着た美青年の姿が確かにあった。
陰陽師、晴明である。人ならざるもの……その、全てを見通す佇まいからしてそうなのかもしれない。




