第36話 日陰の村
「咲夜様を護衛して日本へ行く任務だったわけじゃが、拙者の中で油断があったのじゃろう。都から出立する日、わしはコテツではない別の刀を帯びておった。今思えば、言い訳のしようもない失態じゃな」
つまるところ、国鎮めの銀杯を取りに行くため、咲夜を守る重要な主命だったにも関わらず、守綱の中に大きな油断があったということらしい。だがそれだと、コテツを腰に下げていなかったのは説明がつくとしても、1つ納得がいかない引っかかりがある。
「ふ~ん。人間ですから、そういうこともあるんでしょうね。でもね守綱さん、ドウジギリを持っていたのはなぜなんです? なんで守綱さんが扱えないドウジギリの方を?」
「そう思うじゃろうな。聞いてくると思っておったぞ。これもまた不思議なものでな。その日のわしは、どうかしておったのか……」
役職が侍大将ながら昌幸からの信任が厚い守綱は、縁の国、随一の宝刀と言えるドウジギリの管理を、自宅で任されていた。そして、日本へ咲夜と出立するその日は、
「刀掛けのドウジギリをじっと眺めておったのじゃが、どういうわけか持っていかねばならぬ気がしての。結果として竜次とドウジギリが巡り合い、お主が我らを赤鬼から助けてくれたわけじゃ。もしかするとドウジギリは、お主が日本にいることを、分かっていたのかも知れぬな」
自分の心の変化が誘われるようであったと、守綱は身振り手振りを交えて話した。
「刀が、ドウジギリが俺を引き合わせたと。面白いもんですね。アカツキノタイラに来ることが、その時点で決まっていたんだな」
いきさつを一通り聞いた竜次は、ドウジギリへの愛着が一入になり、無意識に刀の柄を撫でてやる。すると、ドウジギリが「そういうことだよ」と、笑っているように心の内ではっきりと感じられた。
晴明の隠れ里、日陰の村へ向かう道程は、その後、何事もなく順調に進んだ。多少、馬の走りを緩めたところもあったので、辿り着くまで4日半ほどかかっている。
「へぇ~。日陰の村とはよく言ったもんだな。村の半分ぐらいかな? 山の陰にすっぽり隠れてる」
「朝日が東から差している今が、ちょうどそうなっているんですよ。村の東にある日陰山は、標高がありますからね」
以前、晴明の庵を訪れたことがある咲夜は、得意そうに日陰の村の特徴を、詳しく竜次に説明した。
村の半分をすっぽりと覆う山の陰は、広い畑一面に植えられた、特産の葉物野菜に優しい朝のまどろみを与えている。この葉物は日陰菜というらしく、独特の風味と甘みがあり、連理の都においても、なかなか良い値で取引されている。