第34話 腹ごしらえと腹ごなし
馬を走らせつつも談笑しながら縁の国の東へ向かっているうちに、いつしか日が暮れてきた。国の中心部から外れたところへ、竜次たちは行こうとしている。そうした道中ながら、一宿一飯を受けることができる村落は、そこかしこにある。晴明の隠れ里へは、馬を飛ばして丸3日の道程なので、早めに休めばそれだけ到着が遅れるのだが、そう急ぐ旅でもない。
「ごめんください。旅の者です。申し訳ありませんが、宿を貸して頂きたいのですが」
いつもの忍装束とは少し違う、上下紫色の丈夫で通気性の良い、七分袖の旅装束を着たあやめが、村落の比較的大きく裕福そうな家の玄関で、一宿を請うている。家の主人は、あやめのどこからどう見てもただ者でない美少女ぶりに驚いたようだが、身分と事情を話すと快く一行を家に上げ、下にも置かずもてなした。
泊まった家の主は、この村落の長者だったらしく、晩餉に眼を見張るほど豪勢な料理が出た。味噌だしを使ったイノシシ肉の牡丹鍋だけですら、そうそう食べられるものではないのだが、それに加えて、ヤマメの塩焼き、わらびとゼンマイの甘辛煮、濃く作った豆腐のすまし汁など、どれから手を付けようかと箸が迷うほどである。こうした料理を作れるのは、もちろん長者の家に、冷し箱があるからだ。
「この里で取れた米はうまいなあ。おかわりいいですか?」
「どうぞどうぞ、沢山ございます。お腹がさけないほどにお召し上がり下さい」
こういう時でも変に遠慮することなく、素直に出された料理を食べることができるのが、竜次の長所と言えよう。咲夜たち3人は、そんな彼の様子を見て少しばかりあった緊張がほぐれたのか、笑いながら箸を取り、竜次に倣って食べ始めた。
一宿一飯に加え朝食を頂いた翌日、竜次たちは、歓待してくれた長者に見送られ、東へ馬を動かしている。初夏から季節が進み、道周りの緑が一層深くなっていた。朝日が眩しく彼らを照らし、それと共に一陣の涼風が、周囲の緑を揺らしている。
「気持ちのいい朝じゃが、今日はコテツを使わんといかんようじゃな」
「そのようですね。腹ごなしには丁度いいんじゃないですか」
いち早く何かの気配を察した守綱と竜次が馬から降りると、それを待ち受けていた小鬼たちが、草むらから次々に現れた! どの小鬼も大きく目を見開き、下っ腹がぷっくりといびつに膨れている。
「こいつらは……餓鬼だな。日本でも昔話とかで出てくる、有名な鬼ですよ」
「やはりアカツキノタイラと竜次さんの世界は、表裏一体なのですね。大した強さの鬼ではありませんが、少し数がいます。油断なさらずに」
竜次、守綱、あやめは、咲夜に了解のうなずきを返すと、それぞれの得物のボタンを押し、甲冑装備を瞬時に身に着け、3方向へ散るように踏み込むと、先制の斬撃を餓鬼たちに見舞った!