第32話 倶楽部『縁』
甘い羊羹をよく味わって食べていると、盛り付けてある皿と同じ色をした鶯が庭木に止まり、上手にさえずり始めた。それは、謁見の間までよく響く鳴き声で、皆の耳に心地よく通って行き、場の空気を柔らかいものに変えている。
しばらく、風情がある可愛らしいさえずりを、どこを見るともなく咲夜は聞いていたが、ふと何かを思い出したのか、竜次の方を向き直し、気になっていたことを尋ねた。
「竜次さん。お休みの間、何をして過ごされてました? 連理の都を見物なさいましたか?」
「ええ。守綱さんに都を案内してもらいました。丘の上にある青の大曼荼羅を見ましたよ。俺がいた世界から見ると到底信じられない、凄い力を持ったものですね、あれは」
竜次が大曼荼羅見物に感動したのは嘘偽りのないことだ。しかしながら、実のところ咲夜に黙っておきたい隠し事があり、あえてそれを言っていない。休暇が数日間あったので、都見物自体は1日で存分に楽しめた。では、他に何をしていたかと言うと、
「感心してもらえて嬉しいです。大曼荼羅は連理の都にある自慢の機構ですから。それはそうと、竜次さんはお酒が好きですよね。酒場へは行かれましたか?」
「うっ……行きました。『縁』という良い酒が飲める店に……」
日本で俗に言うクラブに行き、竜次は飲んでいたのだ。クラブなので、品の良い美人の若いママがいたわけだが、彼は『縁』のママを相手に辛口でキレのある酒を、休暇の間、おいしく頂いていた。竜次は、いい年をしたおっさんなので、クラブに行こうがどこで楽しもうが、あれこれとやかく言われることはない。そうではあるが、
(…………)
ジトッとした何とも言えない目で、何も言わず見てくる咲夜からの視線が痛い。そんな2人のやり取りを見て、おかしさをこらえながら助け舟を出してくれたのは幸村であった。
「いや~、咲夜。まあ、あれだ。竜次も息抜きが必要なわけだよ。『縁』でちょっと酒を飲むくらい、よいではないか」
「私もそれは分かっています。何か引っかかるつもりもありませんが……それにしても兄上、やけに竜次さんの肩を持ちますね? もしや兄上も、人目を忍んで?」
「うっ……いや、そんなことはないぞ! 人聞きが悪いなあ!」
助けたつもりが、咲夜にほぼ返り討ちにされた形だ。倶楽部『縁』は、連理の都で最も人気がある店で、幸村、守綱だけでなく、頭領の昌幸でさえも、お忍びで飲みに行くほどだ。そうしたわけで、昌幸も、
(バレないだろうか)
と、冷や汗をかきながら妙な咳払いをして、場の空気をどうにか変え、取り繕うように、本題に戻ろうとした。