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鬼斬り剣士の異世界平定記  作者: チャラン
エピローグ
314/321

最終話 浅葱色のワンピース

 竜次が異世界アカツキノタイラに来て一年が経ち、連理の都にまた初夏が訪れた。


(よく咲いているな。一年前を思い出すぜ)


 平屋の自宅近くに流れる小川の両岸には、季節ごと様々に花をつける、低木の植え込みがあるのだが、竜次は今、その(ほとり)に立ち、華やかに咲き乱れる紅白のツツジを、懐かしそうに眺めている。


(レッドオーガに襲われてた咲夜姫と守綱さんを助けたのがきっかけで、この世界に来ることになったんだよな。仕事終わりの帰り道のことだったが、あの頃もツツジがよく咲いていた)


 竜次は心穏やかに、ツツジが咲く小川の(ほとり)の風景を楽しみつつも、郷愁の想いが(つの)っているのか、ある葛藤に悩んでいた。


(平和になったアカツキノタイラでの生活は楽しい。悪くねえ。そうなんだが……俺はもう日本に帰った方がいいのかもしれねえ)


 楽しかったこと辛かったこと、異世界生活での様々な思い出が、竜次の心に浮かび上がって来る。当然、一年間、旅の苦楽を共にした仲間たちのこともよく考えたが、彼の気持ちは、自分が生まれ育った世界へ帰る方に、今、大きく傾いていた。


「よし決めた。明日、大宮殿に行こう」


 この世界や皆のことを考えると心残りは尽きない。竜次は、今日目に映した平和な連理の都の風景を見納めると、自宅へ戻り、異世界アカツキノタイラでの最後の一日をゆっくりと過ごした。




 ここまで困惑と悲しみに(さいな)まれた昌幸と幸村の顔を、竜次は今まで見たことがなく、どうしたものかと心がいたたまれない。


「竜次……どうしても日本に帰るのか? 考え直す気はないか?」

「そうだ! 頼む! 考え直してくれ、竜次! 私たちを置いていくのか!」


 天の国天岩戸の戦いで精霊夢幻を討ち、竜次が連理の都へ帰還した(のち)、昌幸と幸村は、こういう日が来ることを覚悟していた。しかし、実際にその日が来てしまうと、縁の国を導いてきた親子鷹の強い心も、乱れずにはいられない。昌幸と幸村にとって、竜次を失うというのは、それほどのことだ。


 昌幸は竜次と謁見し、彼から日本へ帰るための暇乞(いとまご)いを聞いた後、すぐに、咲夜、守綱、あやめ、仙、晴明の5人を大宮殿に呼び出した。無論、仲間として友人として関係が深かった彼ら彼女らに、竜次を引き止めてもらうためである。


 謁見の間に駆けつけた5人の内、晴明だけは常日頃と変わらぬ顔をしているが、守綱とあやめは悲しさで顔を上げられない様子であり、咲夜と仙などは、我を忘れて竜次の両袖をつかみ、ただずっと泣き続けている。


「まいったな……。ここまで引き止められるとは思わなかった。でも、すみません。やっぱり俺は、日本に帰ろうと思います」

「そうか……」


 竜次の固い決意を聞いた昌幸は、妻の桔梗と共に、肩を落とし顔をうつむかせた。桔梗は、悲しさのあまり涙を流し、一度顔を上げ、竜次に何かを言いかけたが、言葉にならずまた顔をうつむかせる。


「御館様、奥方様、幸村様、咲夜様、皆、言葉にできないほど悲しいのは拙者も同じですが、ここは竜次を送り出してやりましょう。拙者は、竜次の心がよく理解できます」

「守綱さん……」


 守綱は、そう助け舟を出してやると、悲しさを振り払った笑顔で竜次の背中をポンと叩き、


「竜次、お前はアカツキノタイラに来る前、日本にもう未練はないと言っていたが、そんなことはなかろう。拙者は最初から分かっておったぞ。故郷の世界というのは、お前にとっても忘れられない特別なもののはずじゃ」


 直属の部下である彼と真っ直ぐ目を合わせ、餞別の言葉を更にもう一言続ける。


「日本に戻っても達者でな。しっかり生きるんじゃぞ」


 竜次の側にいた晴明は、上司として、別れる部下を想う守綱の言葉を聞き、かすかに笑顔を浮かべた。




 守綱の助け舟もあり、大変な引き止めを何とかかわした竜次は、今日の夕方前に、朱色の大宮殿の外庭から紡ぎ世の黒鏡を用いて、故郷の日本に送り出されることとなった。


 咲夜が一つ目の国鎮めの銀杯を求めるため、初めて日本に来た時、連理の都から北方向へ一日歩いたところに建つ社で、異世界転移していたのを、覚えておられる方もいると思うが、それには理由がある。あの頃は咲夜の法力が弱く、紡ぎ世の黒鏡の力以外に社の霊力を借りないと、安定した異世界転移ができなかった。今の咲夜の力なら、スポットの霊力を借りずとも、紡ぎ世の黒鏡があれば、アカツキノタイラのどこからでも日本へ転移することが可能だ。


 様々な想いが心の中を交錯しつつも、竜次は帰り支度を整えるため、謁見の間から自宅に戻ろうとしていたのだが、今なぜか、大宮殿の外庭に立つモミの木の下で、彼は咲夜と日向ぼっこをしている。(あるじ)筋である自分の、最後の命令として、咲夜が竜次を呼び止めたようだ。


「一年間一緒でしたけど、こうして2人きりで話すことって、あんまりありませんでしたね」


 竜次の袖をつかみ、先程まで泣いていた咲夜の目は赤いままだったが、今は彼女らしい笑顔を浮かべ、竜次にそう話しかけている。竜次を失う悲しい想いは無くならないが、銀髪姫の今の心境は、今日の澄み渡った空のように清々しい。


「守綱が言っていましたが、私も気づいてたんですよ。星熊童子を倒した後、光の門を通って、竜次さんの故郷へ一緒に行きましたよね? あの時の竜次さんの顔を見て思いました。やっぱりしがらみも未練もあるんだなって」

「咲夜姫……」


 ()と呼ばれた咲夜は頭を振り、


「咲夜、と呼んでくれませんか?」


 そう言うと、竜次に柔らかなその体を委ね、目をつむり、口づけをせがむ。


「咲夜……ありがとう」


 竜次は咲夜を受け入れるように抱きしめ、長い口づけを交わした。大きなモミの木の下で、お互いを確かめ合うキスが終わり、竜次は咲夜の体からそっと腕を離す。


「ありがとうは余計ですよ……。せっかく笑顔だったのに、また泣いちゃったじゃないですか……」


 咲夜は竜次の胸にその身を委ねたまま、涙が涸れるまで泣き続けた。竜次を想う銀髪姫の、最後のわがままだ。




 咲夜と大宮殿の外庭で別れ、竜次が自宅に戻ってくると、平屋の木戸の前で、青いつば広の帽子を被った細腰の麗人が、彼の帰りを待っていた。言うまでもなく、その麗人は仙であるが、彼女は自宅に帰ってきた竜次と目を合わせ、何を言うともなく黙っている。


 竜次が木戸を開け自宅の中に入ると、何も言わない仙も、彼のあとに続いて入ってきた。九尾の女狐の意図がつかめないが、竜次は日本に戻る身支度を整えなければならず、仙をそのままにして、部屋の片隅に放置していたナップサックを引っ張り出し、持って帰る荷物をそれに詰め始める。


 大方の身支度が終わったところで、仙は竜次の左腕を優しくつかみ、


「あんたはこんないい女が傍にいたのに、結局何も手を出してこなかったね。馬鹿だよ」


 そう彼女らしい言葉で想いを告げると目をつむり、口づけをせがんだ。


「仙さん……ありがとう、元気でな」


 竜次は仙を受け入れ、自分の体に抱き寄せると、長い口づけを交わす。口づけの一時(ひととき)が終わり、仙は竜次の胸に顔を埋めたまま、


「元気でな、じゃないんだよ。この馬鹿……」


 気が済むまで、自分を置いていく馬鹿男の体にすがり、泣き続けた。




 初夏の夕日に輝く朱色の大宮殿の美しさを見納めた竜次は、咲夜が紡ぎ世の黒鏡で作り出した光の門を通り、日本へ帰ってきた。


「おお! 懐かしいなあ! 俺は本当に帰ってきたんだな!」


 異世界アカツキノタイラから、無事元の世界に戻った竜次は今、勤めていた工場の、社宅近くの草むらに立っており、感慨のあまり、辺りを何度も何度も確かめるように見回していた。そんな嬉しそうな竜次の様子を、どこからか現れた身に一点の曇りもない白い狐が、じっと見続けている。


「なんだ? あの白狐は? 俺が一年いない間、この草むらに居着いたのかな?」


 竜次が目を合わせてもその綺麗な狐は、なかなか逃げようとしなかったが、やがてどこかへ行ってしまった。竜次は妙な体験に怪訝な顔をしたものの、あまり気に留めることもなくその場を後にする。




 日本に戻った以上、また働いて金を稼がないと食っていけない。竜次が異世界から持ち帰ったナップサックの中には、日本での工場勤め時代、なかなかの金額を貯め込んだ口座の通帳が入っているのだが、その蓄えだけでは、しばらくすれば生活が()たなくなるだろう。


 どうなるか分からないが、竜次は近くに出てきた縁と思い、一年前に勤めていた自動車工場を訪ね、受付に挨拶し、元上司に会えないかと頼んでみた。受付の事務員は、一年ぶりに戻ってきた竜次に驚いたものの、運がいいことに、竜次の元上司、丸藤課長に取り次いでくれた。


「竜次か! 戻って来たんだな! 今なにしてる?」

「丸藤さん、お久しぶりです。それが……一年ほどフラフラしてました」


 竜次は一年前、無理を言って会社を辞めた手前、バツが悪そうに頭をかいていたが、丸藤課長はそんな彼を全く詮索することなく、


「そうか、それなら金が無くなってきた頃だろう。今、繁忙期で工場が大変なんだ。どうだ?」


 と、笑いながら、ここで働くようそれとなく誘ってくれている。丸藤課長の優しさに感動した竜次は、快くその好意に応え、自分を元の鞘の自動車工場勤めに、無事収めることができた。




 竜次が元の自動車工場で働き始め、数日経ったある日の帰り道。社宅の前に戻ると、浅葱色のワンピースを着た目の覚めるような美人が、竜次を待っていた。


「咲夜……」

「竜次さん、来ちゃいました」


 銀髪の彼女が両手で持つ買い物袋には、牛肉や野菜などの食材が入っている。竜次はその可憐な姿を見て、固まってしまうほど非常に驚いたものの、兎にも角にも咲夜を社宅の自室に上げ、


「昌幸さんや幸村さん、それに桔梗さんはどうした? なぜここに?」


 などと彼女を心配し、矢継ぎ早に聞いてきた。だが、心配されている当の咲夜はというと、日本に来て初めて上がった竜次の部屋を、座ったまま物珍しそうに見回すばかりで、全く意に介さず、


「もう……竜次さんは、案外細かいことを気にしますよね。そんなことはいいじゃないですか?」


 と、少しだけ不機嫌になりながら笑っていなした後、すっと立ち上がり、台所に食材を持っていった。咲夜は台所で包丁を使い、器用に食材を切ると、備え付けのガスコンロで鍋に火をかけ、煮込み料理を作り始める。


(このうまそうな匂いは……もしかして)


 考えていたことが伝わったのか、銀髪の彼女は、竜次の顔を見てあどけなく微笑んだ。できあがり、咲夜が食卓の上に運んだものは、精霊夢幻の得意料理、牛肉と根菜の煮込みである。


「今日も一日お疲れ様でした。さあ、召し上がれ」


 そう言うと、咲夜は幸せそうな笑顔を浮かべ、竜次の顔を見つめた。


 自制心、案じる心など、竜次の心奥に様々な感情が去来していたが、咲夜を愛おしく想う気持ちが、全てを押し流してしまったようだ。


 竜次は、銀髪の彼女を優しく抱きしめると、何も言わず、ただ長い口づけを交わす。




「キーッ! 咲夜ちゃんがここまで攻めるとは考えてなかったよ!」


 一方その頃、工場近くの神社で白い狐の姿から人の形に戻った仙が、千里眼の法力が込められた遠見の眼鏡を使い、竜次と咲夜の睦まじい様子を目に映し、大層悔しがっていた。どうやらこの九尾の女狐は、竜次がアカツキノタイラから元の世界に帰る時、白狐の姿でうまく光の門に紛れ込み、日本へやって来たらしい。


「まあしょうがないか。あんまり見てると腹が立ってくるばかりだからね。ここは咲夜ちゃんに譲っておくよ。それにしても、どうしたもんかねえ……」


 今後のことを絡め、そうブツブツ言いながら、仙が境内から離れて行くところに、この神社の若い神主が偶然通りかかり、


「何と美しい人だ! どこから来られた方なのだろう?」


 と、九尾の女狐の妖しい美しさに一目惚れしてしまった。影に隠れて仙を眺める神主の容姿は、晴明とよく似ていたが、彼女に惚れたところを見ると、性格は全く違うようだ。


 そんなこんなの仲が良い人間模様を、社宅近くの祠にちょこんと座るお地蔵様が、いつも通りの微笑みで、優しく見守り続けている。


                                  おわり

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