第312話 復讐の果てに
真・ドウジギリの刃に胸を貫かれ、夢幻は事切れかけている。復讐の権化となった彼女を止めるためには、こうするしかなかったとはいえ、全ての霊力を失った夢幻の体を、その両腕で抱えている竜次は、
(これでよかったんだろうか……)
ほのかな好意を寄せていた女の死に目に臨み、複雑な後悔に心を苛まれていた。
「もう悩まないで、竜次さん……。起こってしまったこと、やってしまったことは元に戻らない……。それは私も分かっていた……。それでも弟のことを想い続けていた私は、復讐の衝動が抑えられなかった……」
夢幻は死に向かい、生気を失いつつある顔で竜次に微笑みかけると、復讐の葛藤の狭間で苦しみ続けていた自分の想いを、打ち明け始める。
宵の国に伝わる舞『宵暁縁』の内容にあった通り、太古の昔、精霊夢幻は天照の逆鱗に触れ、天の国から人間界アカツキノタイラの大地に落とされた。
夢幻は当時から、自分が受けた罰自体はそれほど恨みに思っていなかったが、天照が最愛の弟、宵暁縁に、苛烈過ぎる罰を与えたことを決して許せなかった。また夢幻は、宵暁縁から受けた多大な恩を裏切りで返した、人間と鬼も許せず、この時から復讐の葛藤に苦しみ始めた。
そうした長い葛藤の日々を送る中、夢幻は、英雄的に現れた源頼光率いる鬼斬りの軍が、酒吞童子と茨木童子及び四天王の鬼たちを斬り、それぞれの首を封印したという噂を聞く。人間たちが鬼に勝った、その事実を知った夢幻は復讐を諦め、連理の都で年代によって場所を点々としながら、酒と小料理を出す倶楽部を営み、人間に紛れて暮らすようになった。
心にわだかまりを抱えながらも、夢幻は倶楽部の若ママとして、何百年にも渡る生活を送っていた。しかし夢幻は、竜次がアカツキノタイラに来る2年前、酒吞童子たちが復活したことを、この世界に漂う瘴気量の変化から知る。またその1年後、夢幻はある書物を読み、鬼の呼笛の作り方と工作に長けた小鬼、クラフトオーガの存在に関する知識と情報を手に入れている。
完全なものではないが、復讐を果たすために必要な知識と情報を得た夢幻は、葛藤に苦しんだ末、次のように決意を新たにした。
(天の国に戻り、弟を救い出せないなら、酒吞童子たちに鬼の呼笛を与え、人間を滅ぼさせた後、鬼を自分で滅ぼし、アカツキノタイラを人も鬼もいない世界にすることで、天照への復讐に替えよう)
我が弟、宵暁縁の境遇を哀れに想い続け、裏切った人間と鬼への恨みが燻り続けていた夢幻は、もうこの時、心が限界に達していたのかもしれない。
だが夢幻は、竜次と自分が経営する倶楽部『縁』で出会ったことにより、再び決意を変える。弟、宵暁縁とは性質の違う力を持つ夢幻は、精霊でありながら鬼同様、国鎮めの銀杯に触れることができず、天の国への道を自らの力で開けなかった。
そこで夢幻は、天照に対する復讐の本懐を果たすため、最終的な計画を企てる。それは、竜次たちの力を見込み、銀杯を7つ全て集めさせ、国鎮めの儀式により開かれた天の国への道を辿り、昇天することだった。
「……夢幻よ。一つ聞いてよいか?」
精霊夢幻が語る複雑な想いと経緯を全て聞いた晴明は、最後に一点だけ疑問を感じたらしく、そう問いかけた。もう事切れかけようとしている夢幻は、返事をする代わりに、陰陽師の顔に力ない目線を向ける。
「人間に対してそれだけ恨みを覚えていたのに、竜次殿にだけは、最後まで非情になれなかったな? なぜだ?」
晴明からの質問を聞いた夢幻は、この世で最後と思い、微笑みを浮かべながらこう答えた。
「私は竜次さんが好きだったのかもしれないし……全然タイプが違うけど、弟と重ね合わせて見ていたのかもね」
今わの際で、自分にそう優しく微笑みかける夢幻の真っ白な顔が、竜次の心には、やるせない。