第310話 天岩戸の戦い・その1
修験者の神と伝説の軍神、2柱が課した最終試練をかろうじて潜り抜けた竜次、咲夜、あやめ、仙、晴明の5人は、ほぼ同時刻に、異空間から朱塗りの大鳥居前へ戻ってきた。
5人は激烈な修行により、神が祀られる異空間で多くの手傷を負っていたはずだが、役小角と源頼光が言っていた通り、天の国に戻った瞬間、彼ら彼女らの傷ついた体は、何事も無かったかのように治っている。
「おっ! 晴明さん! みんな! 無事に帰ってきたな! それにしても……4人とも雰囲気が全く変わったな。あの短い間で、どんな修行を積んだんだ?」
「竜次殿の方こそ、別人かと思ったぞ。相当な試練を乗り越えたと見える」
天の国大鳥居前で竜次たち5人は、お互いの五体満足な無事を喜び合い合流した。自身の前世、源頼光の試練を乗り越えた竜次は、他の4人が身につけた力に驚嘆し、役小角の試練をクリアした咲夜たち4人は、竜次が身につけた甚大な力に、戸惑うほど驚いていた。
神が祀られる異空間から戻る時、役小角は別れ際、
「天照と精霊夢幻が戦っている天岩戸は、大鳥居から西に行ったところにある。後はお前さんたちが何とかするしかない」
最後の餞別として、重要な情報とエールを咲夜たち4人に送ってくれた。やれることを全てやり終えた竜次たち5人の覚悟は今、十二分で、皆、素晴らしい面構えになっている。
しかしながら、気力の充実により自分たちでも気づかなかったようだが、ここまでの強行軍で一行の心身疲労は相当溜まっていた。万全のコンディションを整えるため、竜次たち5人は、最終決戦地の天岩戸へ向かう前に、神授の宿小屋を浮遊大陸の大地に広げ、最後の休息を取ることにした。
逸る心を抑え、竜次たち一行が神授の宿小屋でよく休み、気力体力を回復させた翌日の早朝。
早い時間に目を覚ました竜次は、神授の宿小屋から外に出て、夜が明けたばかりの天の国を照らす、神秘的なご来光を一人眺めていた。浮遊大陸と白雲の大地に目覚めを告げる太陽の姿は、雄大で美しかったが、竜次は、その暖かな陽光を身に受けながら、精霊夢幻を食い止めている太陽神天照と金剛仁王像の身を案じている。
(天照と2体の仁王像は、今のところ大丈夫だろう。西の方向から戦気を帯びた神力と霊力が、ここまで流れて来ている。だが、神力の方が少しずつ弱まっている。もうそれほど時間は残されていねえ)
現状を鋭敏な感覚で捉え、ネガティブな部分を含めて考えている内に、竜次は幾ばくかの焦燥感に駆られてしまった。焦りを覚えた竜次は、決戦の地、天岩戸へ出発する準備を整えるため、神授の宿小屋内に戻ろうと踵を返したところ、
「よく眠れましたか、竜次さん?」
桜色の陣羽織に身を包んだ咲夜が、柔らかな笑顔で彼にそう呼びかけてきた。夜の間ぐっすり休み、ちょうど今しがた宿小屋から出てきた銀髪姫は、最後の戦いに臨む身支度を、既にしっかり整えている。
「咲夜姫……はい、ぐっすり眠れました」
「ふふっ、よかった。竜次さん、ここまで来たんです。もう焦るのはやめましょう」
咲夜は清々しい微笑みを浮かべながら、竜次の心境を察し、優しく語りかけると、
「私たちがついています。何が起こっても、結果がどうなっても、最後まで一緒ですよ」
彼の手をそっと握り、自分の想いをそう伝えた。
ご来光を身に受け、まばゆく輝く咲夜の姿は、まるで女神のように美しい。
一方その頃。
天の国と冥界を隔てる天岩戸では、精霊夢幻と天照が人智を超えた力で、激しい戦いを繰り広げていた。
夢幻が天の国に昇り、既に2日程度の時間が経っているはずだが、復讐に燃える彼女の霊力は衰えるところを知らず、反対に防戦一方となっている天照の神力は、徐々に減少しつつある。
「…………」
積年の恨みに染まり切った夢幻の目は、もはや尋常な光を帯びておらず、彼女は立ち塞がる天照を排除するため、非情な威力を持つ四属性の各種法術を、ただ淡々と作業のように撃ち放つ!
「クッ!?」
天照は、空間に漂う霊気の変化から夢幻の動きを察知する度、反対属性の防御壁を素早く造り出し、各属性の法術を防いできたのだが、長時間の戦いによる神力の減少から、段々と攻撃を相殺し切れなくなっていた! 厚い炎の法術壁を突き抜けた風の刃が、天照の体を切り刻まんと襲いかかる! だが!
『うおおおおぉぉぉっっっ!!!』
2体の金剛仁王像が身を挺して太陽神天照を守り、頑強な金属の体で風の刃を受け切った!
しかし、幾度となく激しい法術攻撃にその身を晒され、金剛仁王像たちの身は、もはやボロボロに崩れかけてきている。
(次はもう防ぎ切れない……)
冷酷な夢幻の目を見据え、天照が諦めかけていたその時!
黄金色の輝きを放つ金剛力の香木が、ボロボロになった金剛仁王像たちの目の前に投げられた! 香木は金剛仁王像の前で粉々に散らばり、辺りがおおらかで落ち着く香りに覆われていく! 特殊な金属で造られた金剛仁王像の体と神力は、金剛力の香木の効果により、限界を超えて瞬時に回復した!
「いったい何が……あなたたちは!?」
予期せぬ事態に夢幻は一瞬心を乱しかけたが、落ち着きをすぐに取り戻す。異常事態の原因を探すため、彼女はホバリング中の上空から辺りを見回していくと、あるイレギュラーの発生に気づいた。
天岩戸に駆けつけた竜次たち5人が、間一髪のタイミングで間に合い、天照と金剛仁王像の窮地を救ったのだ!
「無駄だとは思うんだけどさ。夢幻、一応あんたに言っておくよ」
(……?)
九つの尾と黄金色の瞳を持つ、九尾の狐本来の姿に変身した仙が、精霊夢幻と最後のコンタクトを取ろうとしている。
「私たちは『宵暁縁』の舞を見た。弟のことをずっと想ってきたあんたの辛さも、幾らかは分かるつもりさ。……今、矛を収めたら、まだ間に合うんじゃないのかい?」
「……間に合っていない。もう何もかも遅すぎたのよ。どうしても私の邪魔をするというのなら……」
仙の説得を拒絶した夢幻は、霊力を膨大に高めると、
「あなたたちを殺さないといけない!!」
悲しい絶叫と共に戦いの構えを取った!
その命を討ち取る以外に、彼女の魂を救う方法は、もう残されていない。