第31話 打つ手
「さて。守綱、竜次。お前たちに礼を言いたかったのもあるのだが、ここに呼んだのは頼みたいことがあってな。聞いてくれるか?」
「仰せのままに。何なりとお申し付け下さい」
昌幸との間で数え切れないくらいこのようなやり取りがあったのだろう。守綱は主君を信じ切った何の疑いも持たない返事をして、主命を受けようとしている。竜次にはその完成された主従関係がとても美しく見え、また、彼自身もそれに従った。
「うむ、ありがとう。重ねて言うが、浄土山でのお前たちの働きは申し分なく見事であった。だが、戦っていたお前たち自身が驚いたと思うが、修験者の霊場である浄土山でさえ、賊に加え、オーガが蔓延っておる。これは、我らの予測を遥かに超えておる。こちらも手を早めねばならぬ」
「そうですね、父上。私が日本へ向かった時も、レッドオーガが『紡ぎ世の黒鏡』で作った道に、待ち伏せていました。いったいなぜ? と思いましたが、考えるより手を早めた方が良さそうです」
咲夜が昌幸の言葉のあとを取り、自分の所見を述べる。愛娘の聡い賛同の意見に、縁の国の頭領は深くうなずいた。
「その通りだ。そして、手は既に考えてある。考えてあるというより、他に手はないのだが……」
「国鎮めの銀杯ですか? それを全て集めて、国鎮めの儀式を行うと?」
今度は竜次があとを取る形で昌幸に尋ねる。物怖じせず、鋭い勘で聞いてきた彼に、昌幸は少し笑顔を向け、はっきりした口調で主命を伝え始めた。
「竜次、お前はすっかりアカツキノタイラの人間になったな。私は嬉しいぞ。竜次の言う通り、銀杯を集めるしか有効な手立てがない。そこで、咲夜、守綱、竜次、それにここにはいないが、あやめの4人で、隠密裏に少し旅へ出てもらいたい」
「父上、私も守綱と竜次さんに同行していいのですか?」
咲夜にとって願ってもない主命だっただけに、耳を疑ってしまい、父昌幸に確認している。
「そうだ。お前の法力が今回の旅でも役立つだろう。それに、話をつけなければならぬ相手が晴明だからな。用意の幅を、様々に広げておかねばならん」
「あの御仁は変わり者ですからね。力は誰も計り知れないほどですが……」
昌幸と桔梗、頭領夫妻が揃って同じ懸念を持つ晴明という者は、どういった力を持っているのか? 主命に関する一連の話を聞きながら、竜次は非常に興味を感じていた。
ふと気がつくと、侍女が茶菓を謁見の間に持ってきていた。羊羹が鶯色の皿に2切れ盛られており、小豆色とのコントラストが皆を一息つかせ、和ませている。